2017年02月04日

節分の日に  日本は鬼(悪者)まで神の使いにしてしまう!?(更新記事)

昨日は節分。「鬼は外、福は内!」と豆撒きをして、恵方巻き(巻きずし)とイワシを食べました。
そして今日は、立春に相応しい暖かい穏やかな日になるようです。

ところで「鬼は外!」で追い払われた鬼さんって、実は誰なんでしょう?

鬼と言えば思い出すのは、鬼が島に鬼退治に行くアノ「桃太郎伝説」。
その発祥の地とされる岡山の、一の宮「吉備津神社」(主神は吉備津彦命)の本殿外陣の東北(艮)隅には、「艮御崎(うらみさき)神」として温羅(おんら うらとも読む)と王丹(おに)の兄弟が祀られているのをご存知ですか?
何せ、弟の名前が「おに」!兄の名前が「うら」!
オモテとウラ。守(カミ)と鬼(オニ)という言葉も、ひょっとしてここから生まれたんだったりして!?

私も一度お参りしたことがある吉備津神社はそれは立派な神社ですが、「鳴釜神事」というちょっと変わった神事が行われることでも有名で、その神事の起源として以下のびっくり伝説”が伝えられています(ウィキから転載します)

吉備国に、温羅(うら)という名の鬼が悪事を働いたため、大和朝廷から派遣されてきた四道将軍の一人、吉備津彦命に首を刎ねられた。首は死んでもうなり声をあげ続け、犬に食わせて骸骨にしてもうなり続け、御釜殿の下に埋葬してもうなり続けた。これに困った吉備津彦命に、ある日温羅が夢に現れ、温羅の妻である阿曽郷の祝の娘である阿曽媛に神饌を炊かしめれば、温羅自身が吉備津彦命の使いとなって、吉凶を告げようと答え、神事が始まったという。

なかなかおどろおどろしい、鬼のしぶとさが伝わってくるような怖い伝説ですが、おカミ(吉備津彦命)に成敗された鬼が、今はカミの使いとなって神示を担っているとは、後腐れがなくてこれぞ日本!ですね。

かくてウラとオニの怖い兄弟たちは「艮御崎(うらみさき)神」として祀られ、平安時代末の『梁塵秘抄』でも「艮みさきは恐ろしや」と詠われていたりもするかなりの有名人なのですが、現代には「鬼」と「裏(占)」という言葉だけが残って?そんな伝説、ほとんど誰も知りません。

ところで日本の心と歴史の復興再生”に日夜骨身を削って(痩せてはおられません…)取り組んでおられる有名ブロガー「ねずさんのひとりごと」のねずさんが「節分の豆まき」の由来について、ご自身の見解を披露されているので紹介させて頂こうと思います。

それによれば「元々の宮廷行事に、室町時代、臨済宗の僧侶が、仏は内、神は外という故事を結びつけて、いまの「鬼は外、福は内」にしてしまった」んだそうですが、「神は外」とはさすがに云えなくて、「ウラの神(=鬼?)は外」になったんでしょうか?

ねずさんは「天つ神」と「国つ神」のうち、天つ神側に制圧された国つ神が「鬼」と呼ばれる存在になったとし、「天つ神のもとに、国つ神がある。このカタチが大事なのです。」と、日本の伝統文化「節分の豆まき」で追い払われる鬼さんも、上位の天津神の下で日本のカミガミとして大切に扱われるべきだというお考えです。
今の日本につながるこれまでの歴史の中で、治世の紆余曲折や攻防戦はあまたあったに違いなく、滅ぼされ闇に葬られた側(鬼や蛇まで含む)までカミとして弔い祀ってきた日本人の懐の深さこそ、注目に値することだと思います。

古代より今に至るまで万世一系の皇室を戴いて来れた日本人特有の資質は、歴史の中に見事に貫かれているようです。今の日本人が過去にさかのぼって歴史を取り戻し、先人に学ぶべきことはキリがない程ありますが、それほど日本人が自分たちの歴史を知らなすぎるということ。
しかしいつの時代も、先人に学び歴史に学びなおす日本人が居る限り、日本は一本の道筋を歩み、未だに成長し続ける稀有の国なのでしょう。(最近「明治維新」の見直しが始まっているようですが、まだまだ結論が出ていないコト、見直されるべき歴史は戦後に限らず山ほどあり、結論ありきの御用学問ではなく自由闊達な面白い議論が出来る時代にやっとなったのかも知れません。)

それにしても、古代からの古い王朝を今も守り続け、しかも一度だけ米に占領されたとはいえ、見事復興を果たし、世界一位二位を争う経済大国となった日本で、平成天皇がお年を召され如何に不如意になられようとも、神官の長たるお立場上、天に身を委ねつとめを全うして頂くことが一番!と思ってしまうのは、いけないことでしょうか?

日本の神々は皆、高天原にいらっしゃることになってますが、中には今だに高天原系の神々の天下統一を良しとせず、反目を続ける裏のカミガミ”がいないとも限りませんので、おカミになり損ねて鬼となった哀しいカミガミをも見捨てることなくお祀りする日本独特の宗教観を天皇自らが体現され耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで”国民の幸せを祈り続けて下さるのであれば、例えば、靖国神社で成仏できずにさまよっている魂にとって一番の供養になるのはもちろん、ひそかに打倒天皇制を目論む反日サヨクな日本人にとっても、文句など言える筋合いなど一切無くなります。

少なくとも日本国民にとっては、神につながる在りがたい無私の存在”としての天皇を上に戴くことが、高天原の神々も鬼も蛇もすべて!ひっくるめた「日本の統治」にどれだけ役だってきたかは、この皇統の長きにわたる存続が、何よりの証明です。

自然状態で放置すれば、日本人と云えども内輪もめ、身びいき、つぶしあい、足の引っ張り合いなど日常茶飯事ですが、それでは誰も浮かばれない”し恥ずかしい姿”であることを知っているのが日本人だと思いますが、元はと言えば、古来から神仏を崇め、国民の為に祈り、和をもって尊しとなし、誰よりも先んじて「滅私奉公」される天皇というご存在があったことが、やはり大きいのでなないでしょうか?

国を代表するトップに誰が立つか?に、その国の民度が表れると思いますが、戦後日本の民度が落ちたとはいえ、もしまだ保たれている部分があるとしたら、日本を束ねるトップがその時々の首相ではなく、その上に天皇という存在を置き、そのまた上に神仏が居られることを、古来から日本人は信じ敬ってきた歴史があるからでしょう。

戦後民主主義教育の中で、何が尊くて何が恥ずかしいのかを決めるの自分ということにはなってますが、宗教の教えや神仏が分からなくなった日本人に、天皇陛下が神官の長として何をされ、何を祈られているか 少しは国民にも伝わる形になれば、違ってくるのではないでしょうか?

体調がすぐれないのであればなおさら、内輪もめに終始して何も解決しようとしない政(まつりごと)に付き合うのは程々にして(ご本心は、天皇であり続けることを辞めたいのではなく、これ以上政治に付き合うのを辞めたい!のではないでしょうか?)畏れ多いことながら、陛下が為されるべき本当のおつとめをされるために京都にお戻りになられるなり、靖国神社にお詣りされるなり、陛下にしか許されない正当な願いと御意志をこの際明らかにして頂きたいと思ったりします。

このまま「もう疲れました」とおっしゃって、譲(退)位されたのでは、日本も皇室も危うくなる一方です。

ウラの神々も鬼も蛇も…みんなまとめてお祀りし、カミの使いとして頂かねば!
少なくとも、「平成天皇の御意志」が間違っても、天皇という制度を潰したい反日勢力に利用されることがないように願うばかりです。

鬼の話だったのに「生前退位」の話から、書きなおしてたら止まらなくなりました

話を戻してねずさんの「鬼は外、福は内」の記事です。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3287.html#more

2月3日は節分の日です。
節分(せつぶん)というのは、「立春」の前の日のことを言います。
「立春」は春という字が含まれているために、なんとなく「春がやってくる日」というイメージを持たれる方が多いのですが、実際には「春が立つ」で、この日から気温の底がピークを過ぎて、徐々に春に向かっていく境目を示すことになります。

ちなみに、1〜3月生まれの人が、占いなどで自分は前年の干支なのか、今年の干支なのかと迷ったりすることが多かったりしますが、諸説ありますけれど一般には、節分の日までが前年の干支、立春の日以降が、今年の干支となるようです。

さて、その節分といえば、

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節分のお話
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2月3日は節分の日です。
この日、豆まきが行われますが、そこでは、
「鬼は外、福は内」と言いながら、炒り豆が投げられます。
この炒り豆を投げるという行事は、
鬼神を追放する際に、鬼が、
「いつになったら帰してもらえますか?」
と問うたのに対して、
「この豆に芽が出る頃に帰っておいで」
と言いながら、炒り豆を渡したという故事からきているといわれています。

炒り豆は、芽は出ません。
ですからそれは、「二度と帰ってくるな」という意味であったのだということです。

ところが、実はここで追われた鬼神というのが問題なのです。

もともと節分は、宮中行事であって、季節の変わり目の邪気(鬼)を祓うという祭祀として、古くから行われた行事です。
具体的には、内裏の東西南北の各門に、「土牛童子」と呼ばれる彩色した土で作った牛と童子の人形を飾るという行事でした。
ちなみに、
 陽明門と待賢門には、青色の
 美福門と朱雀門には、赤色の
 郁芳門、皇嘉門、殷富門および達智門には、黄色の
 藻壁門と談天門には、白色の
 安嘉門と偉鑒門には、黒色の
「土牛童子」が立てられました。

ところがこの行事に、室町時代、臨済宗の僧侶が、仏は内、神は外という故事を結びつけて、いまの「鬼は外、福は内」にしてしまったのが、どうやら、豆まきの事始めのようです。
実は、これは巧妙なトラップで、ここで言われる「鬼」が、もともとの「邪気」から、「国つ神」に置き換えられてしまったのです。

我が国には、古来、
 高天原系の「天つ神」と、
 中つ国系の「国つ神」がいます。
天つ神は、慈愛の神々で、シラスを行います。
これに対し国つ神は、そのシラス国の中にあって、個々の秩序維持のためにウシハクを行います。

寛容と厳しさ
慈愛と厳正

この両者は、二つ揃ってはじめて、国の秩序を構築します。
そして、天つ神のもとに国つ神があるという、言い換えれば、シラス国の中にウシハクが内包されるという形が、実はもっとも大切なものとして扱われてきたのです。

この両者は、並立でも駄目ですし、片方だけでもだめですし、ウシハクのもとでシラスを実現することも不可能です。
シラスの中にウシハクを置く。
天つ神のもとに、国つ神がある。
このカタチが大事なのです。

ところが節分は、その室町時代、つまり御皇室の権威を否定して、将軍が支那の冊封のもとに日本国王となるという、異常事態の中にあって、国つ神を追い、それによって天つ神も追うという目的のもとに、もともとあった節分の宮中行事と混同させて「鬼は外、福は内」と炒り豆を投げるようになりました。
さすがに「天つ神」である天皇を否定するわけにいかないから、「国つ神」を鬼として、炒り豆を投げて追い払おうというのです。

寛容だけ、慈愛だけでは、この世は治まりません。
厳しさや厳正が内容されなければならないのです。
つまり「天つ神」と「国つ神」は、本来表裏一体であり、「天つ神」の中に「国つ神」が内包されていなければならないのです。
そして、これが片方だけになり、人々が「国つ神」を追い払うようになれば、この世は混乱します。
案の定、戦国の世が到来しました。

日本的感覚からしたら、本当は、
「福はうち。鬼もうち。悪は外」
なのです。
posted by megamiyama at 06:33| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

(更新)「天皇」あっての日本国

八月八日天皇陛下は、今後の日本国と日本国民に対して、渾身の問いかけをなされました。

平成天皇としてのつとめを全うし、古来から万世一系で受け継いできた皇統を絶やさず、後世につなげていく為に、今何をすべきか?を考えられた末の「ご意向の表明」だと思われます。

新年やお誕生日など特別な日でもない八月八日に「昭仁天皇の意向」が表明されたことは、ちょうど70年前の8月15日の昭和天皇の玉音放送以来の”異例のコト”です。

「昭仁天皇のご意向の表明」によって初めて、そのお心が何処にあられたかを、国民は伺い知ることとなりました。

日本にとっての重大な転機には、必ず「天皇のお言葉」がある日本。

「陛下のお気持ち」をどう受け止めるかに、これからの日本国と日本国民の未来がかかっています。

故に、国民に選ばれた国会議員のこれからの「政治責任」は重大ですが、選んだ国民にも結果責任が問われます。

暗に陛下が危惧されている通り、天皇が政争に巻き込まれ、国家元首として更なる戦争責任を問われる事態にならないように、一刻も早く形式上の「政治責任」を負うお立場から離れ、敬うべき日本の象徴として本来の「天皇のお仕事」(「お言葉」を借りれば『(神官の長として)国民の安寧と幸せを祈り、人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと』)に専念して頂く「体制づくり」こそ、急務ではないでしょうか?
日本に必要なのは「政教分離」ではなく「政教一致」のはずですが、今となってはそれは適いません。
しかし、「天皇」が日本国の責任者であるのは、神官の長としての責任であって、政治上の責任は政治家が負うべきであるのは、先の大戦での初めての敗戦で日本が思い知ったことでした。

平成天皇が今、敗戦後も天皇制を維持する為に「日本」が受け入れた「日本国憲法憲法」の改正が叫ばれる中、しかも神官の長としての本来のツトメが国民に充分理解されているとは言えない状況の中で、ご自身のお体や時代の変わり目を悟って「退位」をお考えになられるのは、無理もないことではあります。

戦後の「天皇」の置かれた立場、(国家元首としての戦争責任論も含めて)お役目のしんどさを思えば、そろそろ、神官の長としての本来のお役目にお戻り頂くことこそ、昭仁天皇にとっても国民にとっても、喜ばしいことではないでしょうか?

これまでソレが出来なかったのは、天皇陛下に政治上の最終責任を負わせないと気が済まない勢力が日本にいるのでしょうか?
日本には、そこまでして、天皇が国事行為に追われ、神事に専念させたくない”強い意向”が働いてきたのでしょうか?
その「強い意向」は、国民の意向でも、ましてや「天皇のご意向」でもないのは明らか!

国民に寄り添い、国民の幸せを祈る「八月八日の平成天皇のお言葉」こそ、戦後の日本を牛耳る「強い意向」に対して、我慢に我慢を重ね、無理に無理を重ね、”本来の自分”を抑えに抑え続けた末に発された「日本人の気持」であります。

世界に発信すべき「在りがたきお言葉」と思います。

(他の国の国家元首で、かくも「無私の言葉」を発される方がほかにいるでしょうか?ならば、日本一国の政争に巻き込んで責任を押し付けてはいけないご存在のはずです。日本古来の宗教「神道」の神官の長として、別次元に置かれるべきです。)


天皇陛下のお言葉(抜粋掲載)

『伝統の継承者として,
これを守り続ける責任に深く思いを致し,
更に日々新たになる日本と世界の中にあって,
日本の皇室が,
いかに伝統を現代に生かし,
いきいきとして社会に内在し,
人々の期待に応えていくかを考えつつ,
今日に至っています。』

『そのような中,
何年か前のことになりますが,
2度の外科手術を受け,
加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,
これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,
どのように身を処していくことが,
国にとり,
国民にとり,
また,私のあとを歩む皇族にとり
良いことであるかにつき,考えるようになりました.』

『私はこれまで天皇の務めとして,
何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,
同時に事にあたっては,
時として人々の傍らに立ち,
その声に耳を傾け,
思いに寄り添うこと
も大切なことと考えて来ました。』

『天皇が象徴であると共に,
国民統合の象徴としての役割を果たすためには,
天皇が国民に,
天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,
天皇もまた,自らのありように深く心し,
国民に対する理解を深め,
常に国民と共にある自覚を
自らの内に育てる必要を感じて来ました。

こうした意味において,
日本の各地,
とりわけ遠隔の地や島々への旅も,
私は天皇の象徴的行為として,
大切なものと感じて来ました。』


『天皇として大切な,
国民を思い,国民のために祈るという務めを,
人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,
幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,
国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,
無理があろうと思われます。』


『また,天皇が未成年であったり,
重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,
天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。
しかし,この場合も,
天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,
生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,
これまでにも見られたように,
社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます
。』


引き続き、「木花咲耶姫様の御神示・神様の警鐘」転載させて頂きます。


http://konohanasakuya.blog.jp/archives/9195602.html

天皇制あっての日本国。

(8日、天皇陛下が現在の『お気持ち』を表明されました。)

天皇制は万世一系で繋がれてきた、他の国にはない制度です。

天皇家を父系で遡ると、後の日本、『トコヨクニ』を建国された初代アマカミのクニトコタチにたどりつきます。

代々のアマカミは大本の神様と繋がり交信し、そしてタミ(国民)の生活が潤うよう導く指導者でした。

その血が脈々と現在の天皇家にまで繋がれてきているのです。

時代の変化によって天皇陛下は国の象徴とされて行動や発言にも制限がありますが、大本の神様と繋がり交信して、国民を守るそのお役割は変わること無く受け継がれており、そのお努めはご高齢の天皇陛下にはとても激務であり重圧となっておられるのではないでしょうか。

かつてのタミがアマカミに対して絶大なる信頼と感謝を示したように、私達も天皇陛下のそのお役割の重さを少しでも理解し感謝し、日本だけに存在している万世一系の皇家という伝統を守り続けていかなければなりません。



http://konohanasakuya.blog.jp/archives/9264206.html
2016年08月09日

天皇陛下


はるか遠き神世の時代。
食べものも少なく、文明の発達も穏やかなりし頃、神は人を愛で、人は神を尊び感謝捧げ、人の魂も美しく輝けり。
神は人に我を与えん。そは人が発展し向上し、さらなる成長図るためのものなり。
なれど長き時流れ、文明発達し食べものも豊富となるにつれ、人は少しずつ神から離れ、その我は神の思いに反し我欲として増長せん。
さにて神は常に神と交信し神の道から離れし人を正道にいざなう役割を担い神に仕える人、天皇陛下を定めん。
人が正道にありて、更なる発展を正しく遂げるために天皇家は存在す。
さなれば日の本復活には、天皇陛下が神世の時、神より与えられたる本来の役割取り戻さねばならぬものなり。

ラベル:皇室
posted by megamiyama at 09:33| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

天皇家    by天杵万乃(あまきまの)

転載させていただきます


木花咲耶姫様の御神示・神様の警鐘 by天杵万乃(あまきまの) since 2006.1.23.
http://konohanasakuya.blog.jp/archives/9121465.html

konohana.jpg


天皇家 その3

遠き過去の日本の民は神の指導の下に、食の不安は薄れ、民は、ひたすら神を敬い感謝を忘れず、かつ天地に畏敬の念をもち生きるものなり。
御先祖の記憶は遺伝子に組み込まれ残るなれば、日本国の民の根底には、神への感謝あり。
なれどいつの世も文化の進みて、身分の差、貧富の差生ずる程に、人は神への感謝を忘れ、神から離れんとす。
さにて人の代表となり、神と交信し、人々を守るお役割を与えられたるが、天皇家ならん。
ゆえに戦後たとえ日本国の象徴となられるも、日本の国を思われる心は深く尊きものなり。
また天皇家あるいは天皇陛下のみぞ知る神との儀式も多く、その苦労は民にははかり知れぬものなり。
天皇陛下はなんぞや、その存在の意味も忘れ去られんとする現代。そもそも天皇家という特別なる神と繋がる皇家をもちたる、特別なる国のその民なるを、今一度思いおこし、その誇りを取り戻せよ。
ラベル:皇室
posted by megamiyama at 09:16| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする