2014年06月17日

かなしみはちからに、 欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし

「宇宙の兄弟達へ@スピリチュアルブログ」でみつけた、宮沢賢治さんの「言葉」を転載させて頂きます。

子供の頃、宮沢賢治の童話を読んで、読書の楽しみに目覚めた一人として、宮沢賢治の詩や言葉をみると、懐かしくて、たまらなくなります。

特に「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電灯の ひとつの青い照明です」という一節!

こんな言い方を他の誰からも聞いたことが無い…宮沢賢治ならではの独特の言葉使いは、子供ごころに胸に響きました。

大人になって、ある人がさも“訳知り顔”に「宮沢賢治は、本当は、根暗な駄目人間。大したことない。」というのを聞いて、人によって見方や感じ方がこんなにも違うものかとびっくりしたことがありますが、自分が敬愛するひとやその仕事を批判し否定される哀しさは、共感によって繋がる喜びを味わう為にあるのかも知れません。

洪さん、宮沢賢治の詩を思い出させてくださって、ありがとうございます。

http://japan-spiritual.blogspot.jp/

2014年3月19日水曜日

悲しみは力に、 欲りは慈しみに、 怒りは智慧に導かれるべし



私の好きな宮沢賢治さんのお言葉を以下に紹介いたします


 わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。



かなしみはちからに、

欲りはいつくしみに、

いかりは智慧にみちびかるべし



わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電灯の ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電灯の ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電灯は失はれ)

……(中略)……

これらについて人や銀河や修羅や海胆は 宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが それらも畢竟こゝろのひとつの風物です

……(中略)……

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに みんなのおのおののなかのすべてですから)


何がしあわせかわからないです。

本当にどんなに辛いことでも、

それが正しい道を進む中の出来事なら

峠の上りも下りもみんな

本当の幸せに近づく一足づつですから



宇宙は絶えずわれらによって変化する

誰が誰よりどうだとか

誰の仕事がどうしたとか

そんなことを言つてゐるひまがあるか

新たな詩人よ

雲から光から嵐から

透明なエネルギーを得て

人と地球によるべき形を暗示せよ



ああたれか来てわたくしに云へ

「億の巨匠が並んで生まれ、

しかも互に相犯さない、

明るい世界はかならず来る」と



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転載、以上。


追記

「億の巨匠が並んで生まれ、

しかも互に相犯さない、

明るい世界はかならず来る


ここの箇所は、全く記憶に残っておらず、はじめて読んだ気がします。

そして、まだ明けやらぬ時代に、こんなにも力強く、理想世界の実現を夢見た人が、日本にいたことを誇りに思わずにはいられません。一人ひとりの人間が持つ無限の可能性や尊厳を信じず、理解しようともしない人々の凡庸さ(無知蒙昧)が、世界を暗くしているだけなのだと、改めて気づかされました。

彼もまた、一人暗い地上に降りて、人々の無理解にもめげず、光を発し、地の塩となった方なのだと、あの時云い返せたら、どんなに良かったでしょう。

自分が見たこと、感じたことを信じず、ひとの目ひとの意見にひるみ自信を失う、過去の自分の弱さも思い知ります。

それにしても、共感し繋がる喜びより、非難され否定される悲しみの、多いことよ!

自分が否定されたら悲しいのに、人に対して同じ事をせずにはいられない我が心根の貧しさよ!

お互いの心が見えないことを良いことに、力を誇示しあう人間界の争いはどこまで行っても、絶えることがなく、賢治の夢見た理想世界の実現は、自己実現のワナにはまった現代、ますます遠のくばかりです。

愛し合い、生かしあい、許し合えるこの世の天国は、いつになったら実現するのか?

先ずは、自分の中に一点の曇りも無くソレを実現しない限り、ソレを見ることはないと思い知るばかりです。

posted by megamiyama at 17:41| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 子房(洪)さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

あなたの人生の課題は何ですか?

個人にしろ、国にしろ、(もしかして星にも…?)成長し、進化・発展するための「課題」が出現することになって?いるようです。

ブログ主も「どうも、楽をするために生まれてきたんじゃなさそうだ」ということは、常々(笑)感じておりましたが、洪(子房)さんがおっしゃるように「根本的に自身の弱点を克服できずにいる場合は、また、同じような問題が出てきます」から、少しは弱点を克服していかねば!と思います。(今の処「課題」は山積みに見えますが、同じパターンの繰り返しと云えば確かに繰り返し。“懲りない”のが敗因デシタ)

かつて日本が米国に負け、今又中国に“責め”られそうになっているのも、「日本の何が弱点で、何を克服すべきなのか?」まだまだ“懲りてない”印でしょう。(誓うべきは「2度と戦争をしない」のではなく、「2度と侵略されない」であるはずが、戦勝国の意向に沿った巧妙なすり替えや情報操作が日本に行われた結果、「戦争(軍隊)が悪」という憲法9条信仰が押しつけられ、未だに「解除」も「改正」もされていません。)

日本人一人ひとりが、今、足腰を鍛えられ、試されている最中なのかもしれません。

自分と自分の国に「自信」と「誇り」を取り戻し、何か“お役に立つ”ために。

昨日に引き続き、「宇宙の兄弟達へ@スピリチュアルブログ」の記事を転載させて頂きます。


http://japan-spiritual.blogspot.jp/2014/05/blog-post_18.html

あなたの人生の課題は何ですか?
2014年5月18日日曜日

人がこの世に生まれてくるのは、魂を向上させようとするからです

自らの魂の傾向性として、弱点や欠点となる部分があると、それを補強するために、人生において障害とも見える問題がたち現れることがあります

解決したり、過ぎ去ったと思う事柄であっても、根本的に自身の弱点を克服できずにいる場合は、また、同じような問題が出てきます

繰り返し状況は違っても、似たような問題が出てくるときは、自身の課題として克服しなくてはならないものが潜んでいると言えます

自身の過去を振り返ってみて、同じような問題やトラブルに巻き込まれていないかを確認し、その場合、何か自分に教えようとする課題があるのではないかを考えてみるとよいでしょう

そうした課題は、苦しいものでもありますが、魂を磨くための砥石の役割をはたしていることもあります

人は単に楽な人生を生きるために生まれてくるのではなく、魂を向上させると言う目的も含めてうまれてきていますので、時には急な上り坂を駆け足で登るような苦しい時期を過ぎることもあります

ランニングなどで厳しい歩行をすると苦しく辛いですが、だからこそ足腰や身体を鍛えることが出来ます

人生でも様々な課題を乗り越えていくことで、魂は鍛えられ、向上していけます



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posted by megamiyama at 23:59| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子房(洪)さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

 悲しみは人を優しくする 明らかになった白鵬の優しさとマスコミ的思い込みの下劣さ 

いつもお世話になっている「宇宙の兄弟達へ」の洪さんのブログです。

毎日欠かさず記事を更新されてきた洪さんが、3日前の「飛べない鳥」の記事のあと、めずらしく休まれましたが、又少しづつ書きはじめられたので、ホッとしています。

奥様の悲しみを思いやって記者会見しなかった白鵬の優しさと、勝手な憶測で心ない記事を書くマスコミや、うわっつらを見て判断する人間のあさはかさを指摘しておられます。

洪さんご自身の“悲しい経験”も披露され、ひとの悲しみを思いやる心の大切さを訴えておられます。

“生きる悲しみ”を知らない人は誰もいないはずなのに、人の痛みに気づかず、自分のことばかり考え、勝手な思い込みで人を裁き、誹謗中傷する愚(罪)を侵し続ける人間世界。(特にマスコミ!)

一人ひとりが自分勝手な思い込みを出来る限り排し、自分がそうして欲しいように、ひとを思いやる心を養っていきたいものです。(それが「品性」というものでしょう。)

洪さんのブログは、megamiyamaにとってブログ一“癒される場所”でしたが、今はブログ一の“反省道場”となりました。

強くなければ生きてゆけない。優しくなければ生きている意味がない。

「(人生)ハードボイルドだぜ!」(という台詞が流行ったことがあるけど、今の若い人は知らないやろね…笑)


http://japan-spiritual.blogspot.jp/2014/06/blog-post_6.html

横綱白鵬会見拒否の真相と心無い批判について


横綱の白鵬が優勝後の会見を開かなかった件について、婦人の流産していたことをあかしました

会見拒否については、様々な意見が広がっているのを見ました

そのなかには悲しいことに、理由も分かっていないにもかかわらず、白鵬を批判するような意見も見られました

その人がどのような理由でそうせざるを得なかったのか、理由も分からないまま、自分の目線からだけで、相手を批判したりすることがあります

ある本で下記のようなエピソードが語られていました

電車に乗っていると騒がしくしている小さな子供がいて、その親らしい男性は注意することなく呆然と座っている

躾けの悪さに怒りを覚えて、少し語気を荒げ「あなたのお子さんが騒いで周りに迷惑をかけていますよ」っと注意した

すると父親は我に帰った様子でこう言った「すみません。妻が先日亡くなってぼうっとしていました。子供もまだ小さくて死の意味は理解できないでしょうが、母親が見えなくなってから興奮してしまって・・・」

だいたいこのような内容だったと思います。注意した男性は恥じ入ったことでしょう

わたしも以前に少し似たようなことがありました

母親が脳梗塞で倒れてしまい、車で病院に運んだのですが、病院の駐車場で、隣の車にこすって傷つけてしまいました

他の自動車にぶつけたのは初めてで、自分では平常心だと思っていたのですが、やはり母親が倒れて動揺があったのでしょうね

その運転手に大変叱られて、もちろん私が悪いので当然ですけど、やはりそのときは悲しかったのを憶えています

どうか、人々が深く理解しあい、愛し合い、許しあえる世界に近づきますように
posted by megamiyama at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子房(洪)さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする