2014年06月27日

私たちは、限りある失望を受け入れなければならない。しかし無限なる希望を失ってはならない。

「宇宙の兄弟たちへ」 の子房さんが、キング牧師の言葉をたくさん紹介されています。

暗殺の前日のスピーチで「I’ve Been to the Mountaintop(私は山頂に達した)」と語ったキング牧師。

この世を去る前日に、ひとがこの世で達することが出来る最高の境地に彼が達していたことを表明して、“天に召された”…ことを初めて知りました。

凶弾に倒れたキング牧師に、前日「私も長生きがしたいものです。長寿とはよいことです。でも、今となれば私にはどうでもよいことなのです。」と言わしめたのは、“山頂”に立って、“約束の地を見た”からだと知りましたが、「黒人解放」の夢を追い続けたキング牧師は、「(認識の)山頂に立つ」という人類が望みうる最高の夢をすでにかなえていたんですね。

内なる精神の高みを登り詰めるということは、「世界一」になるより遙かに遙かに難しい道だと思われますが、勘違いでなく、うぬぼれでなく、彼が「山頂」に達していたことの証しが、子房さんが今回紹介された「キング牧師の言葉」の随所にあらわれています。

死の前日に「私は幸せです。私は何も心配することはなく、誰をも恐れてはいないのです。私の眼は、神の再臨の栄光をみた…」と語り、しかも「他人のために、いまあなたは何をしているか?」と自分自身とひとに問い続ける(“人生で最も永続的でしかも緊急の問いかけ”として…)ことを止めなかったキング牧師は、正にアメリカの黒人にとっては、導きの天使であり、救世主であり、普遍の智慧に到達した覚者の一人でありました。

「他人は他人。自分は自分。」と割り切って「自分の世界」にしか関心を持とうとしなくなった現代人、特に日本人を、一喝!する文字どうり“目覚ましい言葉”の宝庫です。(愛から出た言葉には、誰の胸をも打つ力がありますね)

どうか、“ご賞味”ください。

子房さん、いつも良い言葉をご紹介下さって、有り難うございます。

お陰様で、我ながら自分で思っているより、自分の夢の果てしないことに気づき、その果てしない遠さが、逆に励みになり、生きる原動力になることに気づきました。

人は、個人的な狭い関心事を越え、人類全体に関わる広い関心事に向かうようになって初めて本当の人生を歩み始めるのである。』 

道が果てしなく続いていることが、救いであり、希望であります。

そして、いつか…見晴らしの良い、“山頂”に立って風に吹かれて、見たい! (その時、永遠の覚者「仏陀」に比べ、自分が登った山の低さに驚き、また更なる山頂を目指して歩み続ける私でありますように…)

覚者達の言葉は、大切な大切な道しるべです。

又、新たな1歩を踏みだそう!


子房さんのブログ  http://japan-spiritual.blogspot.jp/2014/06/blog-post_26.html

私たちには今日も明日も困難が待ち受けている。それでも私には夢がある。
キング牧師.jpg

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、キング牧師の名前で知られるアフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者


以前にキング牧師の「私には夢がある」という演説を動画と共に紹介いたしましたが、今日はそれ以外の名言について紹介させていただきます


Take the first step in faith. You don’t have to see the whole staircase, just take the first step.

疑わずに最初の一段を登りなさい。階段のすべて見えなくてもいい。とにかく最初の一歩を踏み出すのです。



Even though we face the difficulties of today and tomorrow, I still have a dream.

私たちには今日も明日も困難が待ち受けている。それでも私には夢がある。



We must accept finite disappointment, but never lose infinite hope.

私たちは、限りある失望を受け入れなければならない。しかし無限なる希望を失ってはならない。



We must learn to live together as brothers or perish together as fools.

人は兄弟姉妹として、共に生きていく術を学ばなければならない。それが出来なければ、私たちは愚か者として共に滅びることになる。



Freedom is never voluntarily given by the oppressor; it must be demanded by the oppressed.

自由は決して圧制者の方から自発的に与えられることはない。しいたげられている者が要求しなくてはならないのだ。



I submit to you that if a man hasn’t discovered something that he will die for, he isn’t fit to live.

そのために死ねる何かを見つけていない人間は、生きるのにふさわしくない。



Almost always, the creative dedicated minority has made the world better.

ほとんどいつも、創造的でひたむきな少数派が世界をより良いものにしてきた。



In the end, we will remember not the words of our enemies, but the silence of our friends.

結局、我々は敵の言葉ではなく友人の沈黙を覚えているものなのだ。



The ultimate measure of a man is not where he stands in moments of comfort and convenience, but where he stands at times of challenge and controversy.

人の真価がわかるのは喜びに包まれている瞬間ではなく、試練や論争に立ち向かうときに示す態度である。



Life’s most persistent and urgent question is: What are you doing for others?

人生で最も永続的でしかも緊急の問いかけは、「他人のために、いまあなたは何をしているか」である。



When you are right you cannot be too radical; when you are wrong, you cannot be too conservative.

あなたが正しいとき、過激になりすぎてはいけない。あなたが間違っているとき、保守的になりすぎてはいけない。



You are not only responsible for what you say, but also for what you do not say.

人は「発言する」ことにのみならず、「発言しない」ということにも責任を持たなければならない。



Love is the only force capable of transforming an enemy into a friend.

愛だけが、敵を友人に変えられる唯一の力だ。



Every man must decide whether he will walk in the light of creative altruism or in the darkness of destructive selfishness.

人間はだれでも、創造的な利他主義という光の道を歩むのか、それとも破壊的な利己主義という闇の道を歩むのか決断しなければならない。


Our lives begin to end the day we decide to become silent about things that matter.

問題になっていることに沈黙するようになったとき、我々の命は終わりに向かい始める。


All progress is precarious, and the solution of one problem brings us face to face with another problem.

すべての進歩は不安定であり、一つの問題を解決しても、我々はまた他の問題に直面することになる。


Injustice anywhere is a threat to justice everywhere.

どこにおける不正であっても、あらゆるところの公正への脅威となる。



We must combine the toughness of the serpent with the softness of the dove, a tough mind and a tender heart.

私たちは、ヘビの強靱性とハトの柔軟性を兼ね備えなければならない。不屈の精神と優しい心を。


A lie cannot live.

嘘は、生き続けることなどできない。


Our scientific power has outrun our spiritual power. We have guided missiles and misguided men.

科学の力が、私たちの精神的な力をしのいでいる。私たちはミサイルを正しく撃つことはできても、人間を正しく導くことはできないのです。


Those who are not looking for happiness are the most likely to find it, because those who are searching forget that the surest way to be happy is to seek happiness for others.

幸せを探そうとしない人は、もっとも確実に幸せを見つけるようです。なぜなら、幸せを探す人は、幸せになるもっとも確実な方法を忘れているからです。それは、他人の幸せを探すということです。


An individual has not started living until he can rise above the narrow confines of his individualistic concerns to the broader concerns of all humanity.

人は、個人的な狭い関心事を越え、人類全体に関わる広い関心事に向かうようになって初めて本当の人生を歩み始めるのである。


Nothing in all the world is more dangerous than sincere ignorance and conscientious stupidity.

この世で本当の無知と良心的な愚かさほど危険なものはない。


Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate cannot drive out hate; only love can do that.

闇は、闇で追い払うことはできない。光だけがそれを可能にする。憎しみは憎しみで追い払うことはできない。愛だけがそれを可能にする。


The ultimate tragedy is not the oppression and cruelty by the bad people but the silence over that by the good people.

最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である。


We must develop and maintain the capacity to forgive. He who is devoid of the power to forgive is devoid of the power to love. There is some good in the worst of us and some evil in the best of us. When we discover this, we are less prone to hate our enemies.

人を許すことを覚え、身につけなければいけません。許す力量のない者には、愛する力もありません。最悪の人間にもどこか取り柄があるように、最高の人間にも悪い面はあります。これがわかれば、敵を憎む気持ちが薄れます。



True peace is not merely the absence of tension: it is the presence of justice.

真の平和とは、単に緊張がないだけではなく、そこに正義が存在することである。






「I’ve Been to the Mountaintop(私は山頂に達した)」

1968年4月3日

遊説活動中のテネシー州メンフィスにあるメイソン・テンプルにて(暗殺前日のスピーチ)

- 演説の一部 -

Well, I don’t know what will happen now. We’ve got some difficult days ahead. But it doesn’t matter with me now.

これから何が起きようとしているのか私にはわかりません。私たちの前途に困難な日々が待っています。でも、今となっては、私にはどうでもよいことなのです。

Because I’ve been to the mountaintop. And I don’t mind. Like anybody, I would like to live a long life. Longevity has its place. But I’m not concerned about that now.

なぜなら、私は山の頂上に達したからです。だから私は気にしない。皆さんと同じように、私も長生きがしたいものです。長寿とはよいことです。でも、今となれば私にはどうでもよいことなのです。

I just want to do God’s will. And He’s allowed me to go up to the mountain. And I’ve looked over. And I’ve seen the promised land.

私はただ神のご意志を実現したいのです。神は、私が山に登るのを許されました。そして私は山の向こうに約束の地を見たのです。

I may not get there with you. But I want you to know tonight, that we, as a people, will get to the promised land.

私は皆さんと一緒にそこにたどり着けないかもしれない。しかし、今夜、皆さんにわかって欲しい。私たちは、ひとつの民として必ずや約束の地に到達するということを。

And I’m happy, tonight. I’m not worried about anything. I’m not fearing any man. Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord.

だから、今夜、私は幸せです。私は何も心配することはなく、誰をも恐れてはいないのです。私の眼は、神の再臨の栄光をみたのです。


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「私には夢がある(I Have a Dream)」 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)

『完全な喜び』 聖フランシスコ

「再臨」他 ウィリアム・バトラー・イェイツ

「光の子供たち」他 ジャラール・ウッディーン・ルーミー
悲しみは力に、 欲りは慈しみに、 怒りは智慧に導かれるべし
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2014年06月19日

“毒を消す”為の祈り

先日、敬愛する洪さんの「宇宙の兄弟達へ…」のブログが、とんでもない方向に盛り上がっているのを止めようとして、つい又余計なコメントをしてしまい、結局火に油を注ぐ結果となりました。(「毒には毒を以て制す」なんて芸当が出来るとうぬぼれたのが、間違いの元…)

遅ればせながら、先ずは自分の“毒消し”が先決です。

「宇宙の兄弟達へ@スピリチュアルブログ」より、「聖フランシスコの平和の祈り」を転載させて頂きます。

(余計なお世話かも知れませんが…)皆が、「聖フランシスコの祈り」を自分の祈りとすることができたら、どんなに世界が平和になることでしょう。

わたしたちは与えるので受け、

ゆるすのでゆるされ、

自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。


と心底ワカルためには、自分も含めて人は、どれだけの失敗を繰り返さねばならないのでしょうか?

自分の中だけでなく、相手の中にも「ソレ」を認めることからしか「始まらない!」と互いに思い知るべきなのですが…。

分かっちゃいるけど、止められない…人間(自分)の愚かさに恥じ入る他ありません。(日本は「恥の文化」と揶揄されますが、神様の前では正しい態度と思われます。)

分をわきまえる…人になりたいものです。

http://japan-spiritual.blogspot.jp/2013/07/blog-post_27.html

聖フランシスコの平和の祈り


聖フランシスコの祈り



アッシジのフランチェスコ(聖フランシスコ)の平和の祈りとして有名な祈り文です

実際には後世に作られた祈り文ですが、フランチェスコの思いを受け継いでいるように感じられることから、彼の名が冠せられて広まっています


主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。

憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。

争いのあるところにゆるしを、

分裂のあるところに一致を、

疑いのあるところに信頼を、

誤りのあるところに真理を、

絶望のあるところに希望を、

悲しみのあるところに喜びを、

闇のあるところに光をもたらすことができますように。

ああ主よ、わたしに、

慰められるよりも、慰めることを、

理解されるよりも、理解することを、

愛されるよりも、愛することを求めさせてください。

わたしたちは与えるので受け、

ゆるすのでゆるされ、

自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。




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posted by megamiyama at 21:00| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子房(洪)さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月17日

かなしみはちからに、 欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし

「宇宙の兄弟達へ@スピリチュアルブログ」でみつけた、宮沢賢治さんの「言葉」を転載させて頂きます。

子供の頃、宮沢賢治の童話を読んで、読書の楽しみに目覚めた一人として、宮沢賢治の詩や言葉をみると、懐かしくて、たまらなくなります。

特に「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電灯の ひとつの青い照明です」という一節!

こんな言い方を他の誰からも聞いたことが無い…宮沢賢治ならではの独特の言葉使いは、子供ごころに胸に響きました。

大人になって、ある人がさも“訳知り顔”に「宮沢賢治は、本当は、根暗な駄目人間。大したことない。」というのを聞いて、人によって見方や感じ方がこんなにも違うものかとびっくりしたことがありますが、自分が敬愛するひとやその仕事を批判し否定される哀しさは、共感によって繋がる喜びを味わう為にあるのかも知れません。

洪さん、宮沢賢治の詩を思い出させてくださって、ありがとうございます。

http://japan-spiritual.blogspot.jp/

2014年3月19日水曜日

悲しみは力に、 欲りは慈しみに、 怒りは智慧に導かれるべし



私の好きな宮沢賢治さんのお言葉を以下に紹介いたします


 わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。



かなしみはちからに、

欲りはいつくしみに、

いかりは智慧にみちびかるべし



わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電灯の ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電灯の ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電灯は失はれ)

……(中略)……

これらについて人や銀河や修羅や海胆は 宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが それらも畢竟こゝろのひとつの風物です

……(中略)……

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに みんなのおのおののなかのすべてですから)


何がしあわせかわからないです。

本当にどんなに辛いことでも、

それが正しい道を進む中の出来事なら

峠の上りも下りもみんな

本当の幸せに近づく一足づつですから



宇宙は絶えずわれらによって変化する

誰が誰よりどうだとか

誰の仕事がどうしたとか

そんなことを言つてゐるひまがあるか

新たな詩人よ

雲から光から嵐から

透明なエネルギーを得て

人と地球によるべき形を暗示せよ



ああたれか来てわたくしに云へ

「億の巨匠が並んで生まれ、

しかも互に相犯さない、

明るい世界はかならず来る」と



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転載、以上。


追記

「億の巨匠が並んで生まれ、

しかも互に相犯さない、

明るい世界はかならず来る


ここの箇所は、全く記憶に残っておらず、はじめて読んだ気がします。

そして、まだ明けやらぬ時代に、こんなにも力強く、理想世界の実現を夢見た人が、日本にいたことを誇りに思わずにはいられません。一人ひとりの人間が持つ無限の可能性や尊厳を信じず、理解しようともしない人々の凡庸さ(無知蒙昧)が、世界を暗くしているだけなのだと、改めて気づかされました。

彼もまた、一人暗い地上に降りて、人々の無理解にもめげず、光を発し、地の塩となった方なのだと、あの時云い返せたら、どんなに良かったでしょう。

自分が見たこと、感じたことを信じず、ひとの目ひとの意見にひるみ自信を失う、過去の自分の弱さも思い知ります。

それにしても、共感し繋がる喜びより、非難され否定される悲しみの、多いことよ!

自分が否定されたら悲しいのに、人に対して同じ事をせずにはいられない我が心根の貧しさよ!

お互いの心が見えないことを良いことに、力を誇示しあう人間界の争いはどこまで行っても、絶えることがなく、賢治の夢見た理想世界の実現は、自己実現のワナにはまった現代、ますます遠のくばかりです。

愛し合い、生かしあい、許し合えるこの世の天国は、いつになったら実現するのか?

先ずは、自分の中に一点の曇りも無くソレを実現しない限り、ソレを見ることはないと思い知るばかりです。

posted by megamiyama at 17:41| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 子房(洪)さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする