2015年04月20日

(更新) 目覚めた人のブログ

お仲間との共同ブログ「光の進軍」に 
神様の正体
http://blog.goo.ne.jp/hikarinonakama/e/283b425859a5cd22dcad78d5da2e7de4
 恐怖心の克服
http://blog.goo.ne.jp/hikarinonakama/e/38d64f572bc34445cf16dc5b1f410de3

の記事を書きましたが、二つとも「In Deep」のブログ紹介記事です。

最近、ブログ主のokaさんは、不安や絶望を煽るような記事は良くないと反省されて、一つの記事を書かれました。それが
自分が「今生」に生まれた理由がやっとわかったのは嬉しいけれども、恐怖と不安からの解放の前に立ちはだかる「西洋科学的思考」

そしてその前に書かれた
中村天風師の語る「極微粒子=気=創造主」の概念で 25年間持ち続けた「神様の正体のモヤモヤ」が少し晴れた日

の記事も、ブログ主さんのこれまでの人生経験や読書遍歴が報われたかのような記念すべき記事でしたので、勝手に取り上げさせていただきました。

転載すると膨大な量になってしまいますので、良ければ↑のサイトに飛んでご覧頂ければと思います。

これまでも、「In Deep」の記事は、何度かここ「花降る里」と「光の進軍」に取り上げさせてもらってますが、海外の記事をいち早く紹介する「In Deep」さんは、日本には入ってこない“恐ろしくDEEPでコワイ”画像や情報もストレートに提示されるので、世紀末的不安や絶望をあおるような暗い内容になることも少なくありませんでした。(それで、一時遠ざかっていたコトもあります)
実際、激しい天変地異が世界各地で頻繁に起こり始めた昨今、黙示録的な事件や事象が増えているのも事実なので、“本当はコワイ真実”を提示するハメになるのは、無理のないコトでもありましたが、最近になって急速に自分にとっての真実に目覚められ、そんな記事の書き方を“反省”されたようです。

日々、劇的に“進化した記事”を発信されています。

最新の記事は…(例によって、長い記事なので、その中の極く一部ですが、抜粋して貼ります。ここに画像をを貼るのは手間がかかるので、「光の進軍」の方に全文貼っておきます。)

http://oka-jp.seesaa.net/article/417554429.html

パッチ・アダムス医師の「楽しく人を死なせる」ための真実の医療の戦いの中に見えた「悪から善が生まれる」概念の具体性

(中略)

「パッチ・アダムスの本はないのかな」と探してみると、『パッチ・アダムスと夢の病院』という本があったのです。さっそく注文はしまして、まだ内容はわからないですが、 Amazon のレビューに、以下のようなものがありました。


現実のパッチは、映画の中よりも厳しいかもしれない。ユーモアが人の心や病気を癒す、と言う一方で、「すべての人に楽しい死を」と高らかに謳うのだ。

人は生まれ落ちた瞬間から死へと突き進む。100年先か、50年先かは分からない。

だから生きていける。限りある命だから今を精一杯生きよう。楽しみを見つけよう。痛みや苦しみを抱えていても、没頭できる何かに夢中の間、忘れることはできなくても、痛みが和らぐかもしれない。そんな瞬間をつないでいけば人生は楽しい。

でも、身近な者の死期を医者に宣告されたら? 残された時間はわずか。不安になるといつもこの本を読み返していた。

明日をも知れぬ身と言われた父は、それから2カ月を生きた。会えば少しでも笑って欲しかった。安心した顔が見たかった。赤い付け鼻は無かったけれど、「それでいい。がんばれ」とパッチに励まされているような気がした。



「ああ、やっぱり」と思いました。

アダムス医師は、治療と共に「最高の終末医療」を目指しているのだと思います。自身が精神病院の中で確信した「笑いは人を治して癒やす」ということの信念を、現在に至るまで曲げずにいるということのようです。

現代の医療は、

「とにかく少しでも長く生きていればいい」

という観点からのものが多く、その「状態」がどうであるとかには、あまり気をかけない面があることは否定できません。

しかし、アダムス医師は、同じ死を迎えるにしても、

「死ぬ人すべてに短くても楽しい生を」

と考えている。

これですよ、これ。

これが現実世界の話だけではなく、シュタイナーなどの輪廻転生の概念などと合わせてみても、「楽しい気持ちで迎える最期」が次の世にどれだけ素晴らしいものをもたらすかということも思います。

極端にいえば、「楽しい死を迎えることができた人が増えれば増えるほど、来世に控える無数の地球は少しずつ良くなっていく」ともいえるのではないでしょうか。

また、亡くなる方ではなく、見送る方にしても、亡くなった方が「最期まで笑顔でいられた」というのと、そうでないのとでは、残った方に与える影響も違いそうです。

ちなみに、映画の予告編に字幕をつけてアップされていた方がいました。
貼っておきます。

『パッチ・アダムス』(1998年) 予告編
posted by megamiyama at 07:54| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | In Deep | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

天の川銀河の星の「光」をナビとして使っていたフンコロガシ

megamiyamaです。



お仲間との共同ブログ「光の進軍〜光よ通え〜」http://blog.goo.ne.jp/hikarinonakama/)に投稿しようと思って書いた記事ですが、貼れなかったのでコチラに書きます。


In Deep で見つけた記事です。


フンコロガシの話も面白いですが、エジプトの壁画にある「ホルスの目」と脳の松果体の辺りのカタチがそっくり同じ!なのはご存じでしたでしょうか?(古代エジプトの人は、脳の松果体が人間にとって大事な器官であることを知っていたのでしょうね。)


この記事を読んで「神様との約束」という産婦人科の先生が自主制作した映画を思い出しました。


子供達に母親のお腹に居るときの記憶(結構覚えている子がいるようです)を絵に描かせると、皆一様に“(子宮の内側の)赤くて丸いポコポコ”を描くのですが、医学的に云うと未だ視覚は未発達なので「お腹の中で目を開けて見ている訳ではない」とそのお医者さんが解説してました。生まれる前の記憶やら、目が見えなくても見えた記憶が本当なら(子供がウソをつく必要はないですもんね。少なくともその子にとって本当に決まってます)近代科学では説明のつかないことが日常茶飯事に起こっているということの証明です。


因みにこの映画、子供達が生まれる前の“お母さん選び”?の時の様子までしっかり覚えていたりして、皆喜々として話す様子が愛らしく、子育てに悩むお母さん必見の“癒し映画”デス。(子育て中のお母さんでなくても、日々アクセクして心が安まらないお父さんも、ヒマなじいちゃんばあちゃんも、子供達や若い方々も…縁があったら是非ご覧下さい。尚、子供達の話には“神様”も出てきますが、宗教色は全くないのでご安心を。)


フンコロガシも目のないサカナも人間も…光に向かって生きていく生き物に変わりはないようですね。


「In Deep」  2013年1月29日


あらゆる手段で「光」を求める生命: フンコロガシの行動、松果体の意味、そして「太陽神の目」の実体


 天の川銀河の星の「光」をナビとして使っていたフンコロガシ


昨日くらいに、「フンコロガシが銀河の光を道しるべにしていた」という科学報道があって、翻訳してご紹介しようと思っていたのですが、今朝になり日本語の報道でもいくつか目にしましたので、そちらのリンクを貼っておきます。

フンコロガシ、天の川を道しるべにまっすぐ移動 研究
 AFP 通信 2013.01.28




フンコロガシは天の川の光を頼りにまっすぐにふんを転がすという研究結果が、米科学誌カレント・バイオロジーに発表された。

南アフリカのウィットウォータースランド大学の生物学研究チームは、地元のプラネタリウムで夜の空を再現し、フンコロガシの行動を観察した。その結果、脳は小さく、視力は弱いフンコロガシが、天の川の星々の光を頼りにまっすぐ進み、ふんを奪い合うライバルのいる場所に円を描いて戻らないように移動していることが分かった。


というものです。
海外では、天の川銀河の写真とフンコロガシを対比させた写真などを使った記事などがいくつかありました。


dun.jpg
▲ 米国の科学サイト Sci-News より。

どうして、このニュースに興味を持ったのかというと、これが「光の感知」に関しての話だったからです。

もっというと、個人的にはこの話は「松果体」に行き着きます。

今回のフンコロガシの話と松果体が直接関係あるということではないですけれど、「宇宙の光を追い求める地球の生物の器官」という意味でそこに行き着くというような感じです。

光の「松果体と光の関係」に興味を持ったのは、2年ほど前、米国の大学の日本人科学者が、「目を持たない魚が松果体で光を見ていることを突き止めた」という記事を書いた時でした。

しかも、曖昧に光を感知しているのではなく、この魚たちは「光を直接感じとっている」のです。つまり、「松果体で直接光を見ている」という意味のことで、かなり衝撃的な発表だったと今でも思います。

記事は、クレアの「ペアである自分(2) 宇宙の場所」に載せたものです。

少し抜粋しておきます。




Blind Fish Sees With the Pineal Gland

目を持たない魚たちは松果体で見ていた

mexico-fish.jpg

メキシコの淡水に住む熱帯淡水魚には2つの種族に属するものがいる。
ひとつは、陸地の川に住んでいる目を持つ種類。もうひとつは、洞窟の中に住んでいるもので、こちらの種類は目を持たない。

この目のないメキシコの淡水魚は、眼原基(目の前段階のもの)自体は、胚として成長するが、その眼原基は幼生の時にウロコで覆われることにより退化してしまうために、器官としての目にはならない。
そのため、彼らは目を持っていない。
これまで、目を持たないこの魚は光を感じ取ることはできないと思われてきたが、メリーランド大学の研究者たちが2008年に「ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・バイオロジー」紙に発表した研究論文によれば、「別の方法で見ている」ことが明らかとなった。

この魚の目は機能していないが、脳の中央近くにある松ぼっくりの形をした内分泌腺の「松果体」で光を検出していることがわかったのだ。松果体は皮膚の奥深くにある器官であるにも関わらず、この器官で光を感知できているという。

この松果体は、いくつかの脊椎動物では「第3の目」としての器官として知られているという。


記事は、以下、実験の具体的な方法が記されている部分ですので、割愛しました。
ここに出てくる「松果体」。
人間では下の位置にあります。



▲ 松果体は、医学的な意味では、メラトニンというホルモンを作り出すことに関与していること以外の役割はほとんど不明です。

上に出てくるメキシコのない魚では、「想像上」ではなく、「現実としての光」を松果体で見ていることがわかったのですが、この報道で私が思ったのは、「・・・ということは、松果体を持つほぼすべての動物は本来、このメキシコの魚と同じ能力を潜在的に持っているのだろうなあ」ということでした。

なぜなら、脊椎動物というのは、大体において、「器官の役割は似たようなもの」だからです。

通常の地上に住んでいる多くの脊椎動物は、人間も含めて、目や耳や口の役割は、基本的な機能としては同じような感じだと思います。もちろん、わかっていない動物たちの機能は多くあるわけですけれど、共通している部分が多いことも事実です。

「目」に関しては、地中深くなど暗闇にすむもので、目で光を感知できない場所で生きているような動物の多くは、「目」ではなく「松果体」で光を捕らえているのだと思いますが、実はそれは「目の代用ではないかもしれない」ことも、上の実験でわかっているのです。

つまり、「目がないから、代わりに、松果体が発達したのではない」ようなのです。

というより、「光の探知に関しては目より松果体のほうが役割が大きい」ことが上のメキシコの魚の実験でわかっています。

上の実験では、実はその後、目や松果体を取り除いたりする、やや残酷な実験となっていくのですが、その結果は驚くべきものでした。




両眼を取り除かれた陸地の魚と洞窟の魚は両方が従来と同様の振舞いを示したが、松果体が取り除かれた魚では、約10パーセントの魚しか影への反応をしなかった。


つまり、目がある魚も、主に松果体を使って光を見ていた、ということがわかったわけです。

普通に考えると、「目がある」と「目がない」というのは表面的な大きな違いに見えますが、少なくとも上のメキシコの魚に関しては、光を探知する機能としては、「ほとんど違いはない」ということがわかったのです。



「太陽神の眼」は「人間の第3の眼」の象徴なのか?

その「光を見る」松果体の構造。上にその場所の簡単な位置の図を載せましたが、さらに、詳細な図としては以下のようになります。

pituitary_pineal_glands_ja.JPG

 松果体 - Wikipedia より。

さて、今回の記事は「フンコロガシ」で始まる記事だったのに、冒頭には下の「ラーの眼(ホルスの眼)」と言われている図を載せましたが、その理由がこのあたりから始まります。

ra-eye.jpeg


米国の BBS 記事に下の図が掲載されていました。

脳は模型です。

日本語はこちらで入れていて、名称には間違いがあるかもしれないですが、大体のところです。

third-eye.jpg

さらに、下の図も。
こちらは脳全体との対比となっています。


eye-3.png


記事そのものは、報道ではなく、松果体に関しての一般的な「神秘的意味」というものをまとめたもので、特にご紹介はしませんが、下のリンクです。

Secrets Of The Third Eye, The Eye Of Horus, Beyond The Illuminati
(第三の眼の秘密、ホルスの眼、イルミナティを超えて)



以下、まだまだ続きますが、省略。( http://oka-jp.seesaa.net/article/316830139.html


 

posted by megamiyama at 18:38| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | In Deep | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

2014年「血の月」とユダヤ暦の祭のはじまり 韓国のフェリー事故と北緯33度線 

「In Deep」のokaさんによると、

『北緯 33度線、あるいはその近辺にある場所は、特に、ここ数十年の現代史の中で、非常に人の犠牲が数多く起きていたか、人の犠牲と関係してきた場所でもありました。
たとえば、
・長崎
・長崎に投下した原爆を開発実験した米国ロスアラモス核実験場
・リビアの一部
・シリアの首都ダマスカス
・インド・カシミール
・チベットの一部
・アフガニスタンの一部
・レバノンの一部
・ヨルダン川西域
・ガザ
・イスラマバード
・イランの一部
・イラクの一部
・チュニジアの一部
などがあります。
また、バミューダ諸島などのミステリアス系の地域も多くあります。』
とのこと。

そして先日4月15日は、皆既月食「血の月」とユダヤ暦の「過越の祭」が重なり、今年2014年は引き続き「血の月」とユダヤの祭が連動する、特別な年であるという指摘をされておられます。

「過ぎ越の祭」とは、「人間から家畜に至るまで、すべての初子を撃つ
という、~が与えようとする十番目の厄災を“過ぎ越す”ために、戸口に生け贄の子羊の血を塗って一晩過ごす儀式だそうですが、okaさんは、最近のマレーシアの航空機事故にしろ、今回の韓国のフェリー事故にしろ、不可解な事故による“犠牲者”が続出していることに、“不吉な繋がり”を感じておられるようです。

しかし、世界が闇に沈もうとする時に必要なものは、“生け贄の羊”などではなく、「人類が未来に希望を持つことである」とさすがに気づいても良い頃合いでなないでしょうか?(笑)
西洋が、ユダヤの~の呪い?から抜け出す為に耐えなければいけない痛みが、どれほどのものか?…については、あまり恐れすぎず、妊婦が皆、耐えなければいけない痛みに耐えて子供を出産するように、世界(地球人)が一つになろうとする前夜の“産みの苦しみ”が今、始まったと考えて、“堪え忍ぶ”しかないのでは?(人類が築きあげてきた、全ての迷信、偏見、頑固なこだわりにあまり拘泥せず、「心の壁」は壊していきたいものですが、善悪の基準だけはしっかり持っておかないと危険なので、その為に宗教が果たしてきた役割を無視するわけにはいかない…というジレンマはどうしても残ります。)

それぞれの“教義”を無理矢理捨てたり、捨てさせたりするのではなく、尚かつ終末思想から抜け出し、明るい未来を夢見る力にすべての人類が目覚め、「(終末の)過ぎ越の時」を無事通過する為には、どうすればよいのでしょう?(最近、自分の部屋の模様替えに着手し始めたのですが、片付け始めた途端、エントロピー最大!果てしないカオス出現…エライことになってきました。まだ先が見えませんが(笑)“美しい未来”目指して、頑張るしかアリマセン!)

「北緯33度線上の出来事」と「血の月とユダヤの祭の関係」など、いつもながら興味深い「In Deep」さんの記事です。
http://oka-jp.seesaa.net/article/394944508.html
神の意志、あるいは悪魔の輪郭」 : 北緯 33度線にある韓国の済州島。そして「血の月」の連続と共にユダヤ教では祭りに突入
posted by megamiyama at 06:32| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | In Deep | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする