2015年03月12日

憎しみを捨て、愛を取れ。(3/8 大川隆法講演「 神の正義の樹立」)

「大川髢@ネット後援会」 さんが、先日(3/8)の大川総裁のご講演「神の正義の樹立」を聞かれたその日にUPされた記事です。

自分の耳で拝聴してから、一言添えて…と思っているウチに(しかも昨日UPしたはずが出来ておらず、更に…)遅くなりました。

このご講演の冒頭、大川総裁は「かなり話が大きくなってきました。「神の正義の樹立」という演題を頂きましたが、このようなコトを話して良い方が地上にいらしゃるのかどうか疑問ですけれども、私の方も出来る限り、その内容に肉薄したいものだと考えております。」と前置きされ、その途中でも「私自身の判断も時代によって多少変わることがある。自分が発信する言葉にはリスクと責任を常に感じている。」といった率直かつ真摯な発言が随所にあり、如何に、総裁が自分の発言に責任を感じておられるか!がひしひしと伝わってくる内容でした。(誰よりも先見の明をお持ちの総裁にして、この謙虚さ。エラソーな割には、責任のがれの浅知恵ばかり発達している巷の学者や"長"と名がつく方々に聞いてもらいたいものです。)

特に、もともと21世紀初めにアメリカが衰退すると予測はされていた総裁でしたが、冷戦後ソ連が崩壊し、自由主義陣営が掲げる価値観がグローバルスタンダードとして拡がる流れの中で、アメリカ主導の時代がまだまだ続くだろうと修正した時期もあった(湾岸戦争時点での総裁の判断も、それに則っていたと思います。)ことに自ら言及され、今「その価値判断が揺らぎ始めている(時代)と感じている。」として、昨今のイスラム問題や各国の宗教観や歴史観の行き違いなど、国際社会や日本がかかえる諸問題の核心に、「価値観のゆらぎ」があることを指摘されました。

誰もが「問題だ」と感じてはいるが、誰も解決できないでいるコトに、誰がなんと云おうが、真正面からきっちり処方箋を出して見せる姿は、やはり、現代の仏陀であり、キリストと云って差し支えないのではないでしょうか?

「いいですか!今からする話をちゃんと聞けば、解決できますよ!解決したいと思うかどうか、あなた方次第ですよ!」と、全人類に向かって、背中を押して下さったようなお話でした。

今回、大川総裁によって示された処方箋、つまり「イスラム問題」や「日本悪玉論問題」など、諸問題を解決する方法は、一言で云えば

「憎しみを捨て、愛をとれ!」

現代の救世主である(少なくとも、救世主たらんとする)大川総裁から、2千年前の救世主イエス・キリストが短い生涯をかけて人々に説いてまわったコトと同じことをまた聞かねばならないのは、人類がまだまだ“憎しみを捨てられない”でいる何よりの証拠でもあり、イスラム教徒の国もキリスト教徒の国も、この千何百年一体何を学んできたのかと思わないではいられません。

神の教えに反して、他国に対する憎しみに凝り固まっているようにさえ、見えます。

であれば、世を救うのは、やはり愛の神(至高神)の意を正しく受け止めた宗教家であり、為政者でなければなりません。この価値観を国際社会が一刻も早く共有するしか「救いの道」はないということ。

世界が未だに、というより、昨今ますます憎しみ渦巻く世界に成ろうとしている陰には、憎しみをあおり、宗教同士、民族同士を争わせ、あわよくば人類を滅ぼそうとしている者たち(彼らこそ人類の敵!)が居ることも事実のようですが、だとしたら尚のこと、人類が悪魔的勢力に負け、敵対しあい、滅ぼしあって良い訳がないので、戦うなら、自分の中にある恐怖や敵対心や行きすぎた(つまり侵略的攻撃)自己防衛・自己保存欲、或いは自分だけ楽をしよう。安全でいようという卑怯な怠け心、要するに悪いエゴと戦うべきなのです。(そういう意味でも、先の戦争で戦場にかり出された当時の日本の若者達は、敵国への憎しみの為ではなく、家族や国への愛の為に戦ったのだという誇りを、決して!決して!忘れてはいけないと思います。)

「憎しみを捨て、愛をとれ」

この言葉を今、イスラム国に向かって、他に誰が云えるでしょう?ユダヤ・キリスト教社会に向かって、他に誰が云えるでしょう?(バチカンの法王は当事者デス)

と考えると、韓国の反日問題に対しても「千年経っても恨みは消えないという韓国に対して、それなら私達は二千年間、許しを与え続けましょう」と呼びかけた大川総裁は、やはり世界に向かって、率先して愛と許しの光を投げかける救世主の役割を、すでにみごとに果たしておられます。

そして、大川総裁がホンモノの救世主であるかどうかの問題もさることながら、「憎しみをすて愛をとる」ことの難しさとソレが世界を救う道であることに、どれだけの(日本人をはじめとして!)人達や国が目覚めることが出来るか?が問われる時代になったということです。

全く!他人事じゃなくなりました〜(笑)

中東問題も、日米韓問題も、日中問題も、サヨクメデイア問題も、日々おこる人間関係の諸問題も…、すべては繋がって、今のこの時代がつくられているのだとしたら、責任は今を生きるすべての人類にあります。

人を憎んだり、嫌いな人がいるようじゃ、天国に帰れないように、地上もやられたらやりかえすだけの繰り返しなら、世界平和の実現など不可能です。

要は、憎しみをとるか、愛をとるか!この時代に生きる一人ひとりが、神サマから頂いた命の責任を問われているのでした。

人を憎まず、愛を与える人になりたいものです。

遅ればせながら、3月8日の「ご法話」の“アモ〜レさん流解説”を紹介します。

画像が貼れてませんので、出来ればコチラで →http://ameblo.jp/oramorre/entry-11999037066.html


深遠なる仏陀の智慧「神の正義の樹立」


全国のアミ〜ゴの皆様、ようこそ大川隆法ネット後援会へ。(^O^)/


本日、大川隆法総裁御法話が、幸福の科学東京正心館で行われました。

私は大川隆法総裁の御法話を、これまでたくさん拝聴いたして参りましたが、今回の御法話ほど、言葉選びに慎重な大川隆法総裁を見るのは初めてです。



それはそうでしょう。

世界は、イスラム国のテロで、アメリカを中心とした連合国家による空爆を、やるかやらないかで右往左往状態ですから。



幸福の科学は、既に日本の一宗教ではありません。

今回の御法話とて、日本国内のみならず、全世界3000箇所に同時放映されています。

そう今の幸福の科学は、世界でもっとも小さな、世界宗教なのです。


日本では、宗教関係者が好意を持って紹介されることは少ないので、日本人の多くは知らないのですが、ネパールやスリランカやオーストラリアでは、2012年の大川隆法総裁の巡錫の後、それまでの親中路線から、中国と距離を置く外交姿勢に変えました。


近年の大川隆法総裁の一言一言は、世界に「新たな価値観」を与えて来たのです。


如是我聞(私はこう聞いた)ではありますが、冒頭大川隆法総裁は、


「先の大戦での日本に対する評価は、中国や韓国では非道極まりない日本ですが、パラオ共和国では、戦前日本は尊敬されるべき国家との扱いです。」

「過去の歴史の評価ですら難しいのに、現在ただいまのことは更に難しく、また今後の未来を見通して、正義を語ることは、容易なことではありません。」



とおっしゃいました。

そして、

「現在世界中でイスラム教徒は、16億人います。」

「ちょっと前の調査では、8〜10億人でしたので、貧しい地域を中心に、急速に広がっており、20〜22億人と言われるキリスト教徒と、数の上では拮抗しつつあります。」

「キリスト教社会は、表向き口には出さないが、イスラム教を悪魔の宗教と認識してきたと思います。」

「しかし悪魔の教えで、16億もの人々に信じられることはありません。」

「イスラム教には、キリスト教的価値観では、見えないものがあるということです。」



とし、人間的視点からの正義と、民族的正義とで、これまで戦争が耐えなかったことに理解は示しながらも、


「外国の統治や戦闘行為が、民族や宗教固有の文化を滅ぼしたり、少数派の人々を殲滅するようなら、それは行き過ぎというものでしょう。」

と、イスラム国殲滅を望んでいるとも言える、欧米社会の価値を非難しました。

また、一方のイスラム国においても、一般人を巻き込むようなテロ行為に、

「先進的な武器が使えないことは理解は示すが、そのような行為はムハンマドの教えにはなく、余りにも行き過ぎた行為は、イスラム教がテロ宗教だと誤解される要因となります。」

「一部にはイスラムの自爆テロを、日本の神風特攻隊をまねたもの・・・と言う意見もありますが、神風特攻は、大量破壊兵器を対象としたもので、テロとは言えません。」

と、イスラムテロの沈静化を、イスラム社会に期待すると、受け取れる発言をなさいました。

また、

「神の正義を理解するには、時間の流れを見なければならない。」

「神の正義とは、経典太陽の法・黄金の法・永遠の法に書かれている価値観です。」



太陽の法・黄金の法・永遠の法とは、大川隆法総裁が、もう30年ほど前に、幸福の科学を興したときに書かれた経典です。

幸福の科学では、基本三法とも呼ばれ、主な内容は、人間神の子と、魂の転生輪廻の事実、そして霊界の多次元構造論と、神の歴史論です。

「神のマネジメントと呼べるものが存在することを、世界の多くの人が知れば、人間通し争いは少なくすることができる。」

多神教の仏教や日本神道、そしてユダヤ・キリスト・イスラム教などの一神教を説明しきり、なおかつ今後の人類の、最大多数の最大幸福を実現する方向性を示す。


これが、仏陀・救世主でなくてなんでしょうか?

アモ〜レは、改めてそう思った一日でございました。


また欧米など、キリスト教国で戦争が耐えない思いがけない理由や、マルクス共産主義の拡大と共に、宗教が力を失っていった背景に、イエスキリストがおっしゃった、聖書の中の有名な、あの一言一言が関わっていたとは。。。。





いやはや、仏陀の煌くような智慧の言葉で綴られた、深遠なる御法話でございました。

各地の幸福の科学支部、拠点、布教所で、録画拝聴できますので、まだお聞きでない方は、ぜひとも拝聴なさってくださいませ。。。



それでは、またのお越しをー。(^O^)/
posted by megamiyama at 11:37| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

阪神大震災から20年と2日…

早、一昨日になってしまいましたが、1月17日は、阪神淡路大震災から20年目の日でした。

20年の節目の年ということで、この処テレビでは終日震災特集が組まれ、17日はご高齢の天皇陛下皇后陛下共々揃って神戸においで下さったり(16日の夕方神戸に出かけた家人が、「三宮は天皇陛下ご夫妻が来られるというので、ものものしい警戒態勢が敷かれていた」と云ってましたから、前日から神戸に入られていたのかも知れません。)、所属する阪神支部では、分割される前は一つだった三田、川西、宝塚地区からも人が来られ、17日お昼過ぎに元阪神支部合同「天変地異調伏祈願」が執り行われました。そのあと当会の名物講師さんをお招きして特別の勉強会も催されました。

その講師さんが良かったんです!(笑)
みるからに福々しいえびす顔の“おっちゃん”でしたが、のっけから「見た目はふとめの“ほそみ”です」と会場を和ませ、元郵便局(簡易保険課)時代や幸福の科学の職員になった当初から、終始一貫突き進んでこれた武勇伝をぶっちゃけトークで聞くうちに、ポジティブパワーの何たるかが今更ですが、少しワカッテきたのでした。
こういう、あらゆる現場を渡り歩き、その経験をその都度次のステップへの足がかりとして来た“たたき上げの課長さん”タイプ(つまり当会によくいる“お坊さん”タイプではなく)の方こそ、ネガティブになりがちな日本人社会には必要な人材なのだと痛感しました。

支部も日本人の集まりですから、政党同様“頭打ち”感がこの処激しいのですが、自分がやらなきゃ誰がやる!?と本気で周りを感化していく人間が、幸福の科学信者であろうがあるまいが、出てくることが突破口なのでした。(そういう意味でも、自分がその人材になる!という決意ももちろん大切ですが、まだまだ外に眠っている人材がごまんと居るという事実に気づくことの方が先決の気がします。

要は、すべての日本人が今の足踏み状態から、日本の為に、世界の為に、宇宙の為に、神サマの為に…、何より自分の魂の向上のために、一歩踏み出す勇気が必要なのでした。

一番、出遅れ気味の、責任を負わないことが自由と勘違いして生きてきたような「花降る里」管理人でさえ、じょじょにワカッテきましたので、これから実地に“検証”をしていきたいと思います。(こうやって、ブログに宣言をするだけで、二日もかかってちゃ先が思いやられますが、これも管理人ならでは「知行合一」。若干(かなり…?)のズレは“性分”ですのでお許しの程を!)

と言うわけで、1月17日は阪神に住む者にとっては、運命の分かれ目の日であり、“神の戸”で地獄のフタが開いた日であり、その日を境にありとあらゆる災いが日本を襲いはじめた(オウムのサリン事件も同年!)という意味では日本にとっての“終わりの始まりの日”でもありましたが、終わるべきものが終わらなければ、新しい時代が始まらないので、何とか生きている間に新しい時代の萌芽を見守り、育てたいものだと思います。

20年前小学生だった娘が母親となり、その孫の“子守”で結構、時間が取られてしまう昨今ですが、ソレも又良し!
震災の記憶は、平穏な日々の有り難さに気づかせてくれます。

旦那さまも大切にせねばバチがあたるので、ブログも程々にしなければと思ったりして記事の更新が途絶えがちですが…それも又良し!?(年明けの智慧の法研修で、プロフェッショナルの語源が「信仰を告白する
(神に誓いを立ててこれを職とする)」であり、「その仕事をしてお金がもらえる」こととあり、もう一度“本業”に精を出してみようかなと思ったりもしています。“軍資金”は必要です)

根が欲張りなので、あれもこれも…と思って居るウチに、どれもこれも中途半端になってしまうパターンが多い「管理人」ではありますが、しかし、短所は長所!?でもあるそうですから、これからもマイペースでやらせてもらいます。

こんなンデスが、今後とも出来ればおつきあいの程、宜しくお願い申し上げます。(これでもキモチ
は、ブログが“本業”デス!)





posted by megamiyama at 07:31| 兵庫 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月14日

ここ数日

年末からどうも記事の更新が滞りがちで、ご来訪くださった方には申し訳ない日が続いてしまいました。

書くことがない訳ではなく、ありすぎて結局書けずじまいでバタバタと日を過ごしております。

先週の土曜日は、大阪正心館で行われた「智慧の法 公案研修」というのに、行ってきました。日曜日は仕事でしたが「智慧の法 講義」の採れたてDVDを頂いて返り今日やっと聴けたのでまずその感想を書きたいし…と思いつつ、成人の日の(一)昨日は、最寄りの式典会場周辺に支部から繰り出し、昼過ぎから四時近くまでかかって、用意した「智慧の法」や小冊子「ヤング・ブッダ」などが入ったお祝い袋の大プレゼント大会に参加したことも、自分の中のトピックスだし…などと考えているウチに、今日も日付けが変わってしまったのでした〜

「智慧の法 講義」については、前回の「神は沈黙していない」のご講演の時の、映画「神は死んだのか」の紹介同様、今注目の“ピケティ本”に総裁が言及されていたのはさすがというか、漏れがないというか…総裁のアンテナの感度の良さと情報処理能力の素早さには圧倒されました。(しかも、何と言うことはない、さらっとした言い方なので、あたりまえの話を聞いたような感覚になる処がすごい!)
今回の総裁の「ご講義」については、大川髢@ネット後援会のアモ〜レさんが、アモ〜レさん流にまとめて(2本!)下さってますので、よければソチラを参考になさって下さい。(http://ameblo.jp/oramorre/entry-11976198618.html 「ご法話「智慧の法講義」の、アモ〜レ的な感想。」 http://ameblo.jp/oramorre/entry-11976628568.html「「智慧の法」は宗教の、新たな概念を生むだろう。」)

その前日に受けた『「智慧の法」 公案研修』では、ちょっとサプライズな内容が含まれており、霊感の鈍い管理人にも守護霊の暖かさと光に触れさせてもらったように感じる瞬間がありました。
研修の中で一番印象に残っているのは、講師の「長年どうしても気が合わない上司が居たが、自分の嫌な部分を見せられているのだと気づいた途端、嫌っていたことを心から詫びる気持ちになった」という個人的体験の告白とそこから得た“悟り”「大川総裁の著書や言葉には確かに智慧がつまっているけれども、それが自分の智慧(悟り)になる為には、自分なりのアイデアや一工夫がどうしてもいるんです。」と言う言葉。
講師さんのお話って、ココだけの話…“具体性のない、ヘタなお説教”が多いのですが(ゴメンナサイ!)、ご本人の“過酷な試練”?の末につかんだ「智慧の言葉」は、説得力が違いました。

智慧というのは、個人個人が自分でつかむしかないものですから、人間の数だけ智慧があってよいのでしょうね。
そして、一人ひとりの気づきの分だけ、世界が明るくなるのでしょう。

一人ひとりの智慧の光が、増して行きますように!

自分も含めて、「絶望や抑圧の闇に負けませんように!」と祈らずに居られません。(「遅い!」のも負けている印でしょうか…?)

成人式に集まって来た若者達は、本を読まない世代。人生の中で様々な経験を積み、苦労して智慧を身につけていこうとしているのでしょうが…、これからのキビシイ時代の“転ばぬ先の杖”として、大川総裁の著書が役に立ちますように とお祝い献本に参加しました。(風邪の咳が残ってマスクしているので、車の運転と運搬係だけの予定でしたが、現地に行ってみると人手が足りないことが判明。そのまま、献本部隊の一員になりました。)

晴れ着で賑わう会場の出入り口に、夕方近くまで居りましたが、天気に恵まれ思ったほど寒くはなく、めでたい晴れ着の集団を間近に見られて、こちらまでめでたい気持ちになれた日でした。

「おめでとうございます!」といって差し出すと大抵は「有り難うございます」と笑顔で受け取ってくれましたが、中には「何コレ?」という子達や警戒して受け取らない子も…。(「成人のお祝いの本だよ」「たまには本読みや」というと「ありがとう!」と素直に喜んでもらう子もいれば、「饅頭やったらもらうけど、本ならいらんわ」とその場で突っ返す子もいるわ…)会員が身銭を切って買いためた2千冊もの本を、ネコに小判のように若者達にばらまいて、選挙同様、どれだけの効果があるのだろうと思わなくもないですが、手渡された「智慧の法」を素直に受け取り、1ページでも読んでくれたら、良しとせねばならないのでしょう。

これからのキビシイ時代を、自分で考え、自分の力で生き抜く智慧を身につける為のヒントを、成人の日に与えられた幸せに、いつか彼らが気が付けますように!(会場では袋のまま捨てられた本があったので、10冊程度回収しましたが、どこかの駅や路上のゴミ箱には、もっとたくさん捨てられたのではないかと思うと哀しい限り…ですが、届けられるべき一握りの子達には届けられたと信じます)

頑張ろう、日本!
posted by megamiyama at 07:07| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする