2017年06月08日

家族観を取り戻せ(女系天皇の意味する恐怖の時代)

ねずさんが、「家族とは何か?」について、非常にわかりやすく解説してくれてます。
この記事を読めば、女系天皇は「皇室」の正統性(正しい血統)を破壊するものだということが、よくわかります。
それにしても日本は、よくぞ今日まで天照大御神に一筋に繋がっている天皇家を絶やさず来れたモノです。
女性天皇は過去に何人も居られますが、女系天皇はただの一人もいないからこその「万世一系」なのでした。

女性天皇の子孫が天皇になった時点で唯一・一系の血統は途絶え、違う血筋に変わったはずですから、これまで「正統の血筋」を途絶えさせることなく存続させてきたこと自体、日本が世界に誇るべき奇跡です。(日本に勝るとも劣らない歴史を持つエジプトにしても「王朝」は変わりまくってます!)

世界一古い王朝が日本にあることを、ギネスブックはちゃんと登録しているのでしょうか?

「女性宮家の創設」に賛同する人たちは、日本の最大にして最高の伝統を破壊することになるのが分っているのでしょうか?
「天皇陛下のご意向」を唐突にテレビで発表したり、「皇室存続危機」をあおりながら「女性宮家の創設」に論点を絞るような報道しかしないマスコミ(特にNHK!)は、国会の護憲派反日サヨク勢力と同じ穴のムジナであることは明らかなのですから、国民はうかつに乗せられないように気をつけないと、ヤバい!と思います。

この「女性天皇」と「女系天皇」の決定的な違いを国民に明らかにしないで、議論を進めようとする彼らこそ、確信犯的に国に害を為す「国賊」です。

ここは、日本です。国民は、日本人です!
日本は、万世一系の天皇家を家長とする「国民国家」です。

日本人にとっての「家」というもの「家族」というものを、もう一度しっかり確認しておくためにも、今日の「ねずさんの独り言」は必見です。


「大和心を語るねずさんのひとりごと 」より
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3410.html#more
家族観を取り戻せ.jpg

戦後の日本は欧米式の個人主義と、工業化のための出稼ぎ者による核家族化が進み、いまでは家族というのは、同居している者に近い語感となるに至るようになりました。
特に法律上、戦前まであった「家族」という用語が戦後に廃止され、単に「世帯」と置き換えられたことによって、単にひとつ屋根の下で暮らす者たちが家族という、家族そのものが非常に曖昧な概念となるに至っています。

ですから子が幼くて両親と同居している間は、同一世帯の家族ですが、子が成長して結婚して別世帯を持つようになれば、「それは家族?」・・・とハテナマークがつく有様です。
なぜそのような単純な設問にも答えがわからなくなるかというと、戦後日本の法体系に世帯という言葉はあっても、家族という言葉が失われているからです。

その点、西欧は日本より厳格です。
なるほど西欧は「個人主義(Individualism)」の国といわれますが、「Family(家族)」という概念はちゃんと生きています。
ですからそこらへんにいるホームレスのおじさんがある日突然、何代も前の遠い、いまではまったく関係が途絶えている親戚が亡くなって巨額の遺産が生じ、その遺産が突然、そのホームレスのおじさんの懐に飛び込むなどということも、滅多にないこととはいえ、起こります。
つまり個人主義と言いながら、「Family(家族)」の概念を失っていないのです。

昨今、女性宮家のことが話題になっています。
このようなことがいわゆる保守と呼ばれる人たちの間でさえ議論になるのは、「家族とは何か」という概念そのものが失われ、人によってまちまちであることによります。
そこで今回は、日本にもともと昔からあった「家族」について、述べてみたいと思います。
今日の記事は保存版です。

自分がいて、妻がいます。
その間に、たとえば長男と次男が生まれたとします。
その子供たちが結婚して子が生まれると、これが孫になります。
ここまでは、簡単にわかると思います。

その孫達は、自分(孫達からみたら祖父)から見れば、長男の子であれ、次男の子であれ、みんな可愛い孫達です。
生まれた順番が、
 1 長男の子A
 2 次男の子B
 3 長男の子C
 4 次男の子D
となっていたとします。
(話をわかりやすくするために、全部男の子だったとします)
このAからDまでに順番を付けます。
そして、それらは、全部、自分から見たら孫であり、家族であり、家督相続権者です。

ですからたとえば幕末の大老の井伊直弼は、井伊家の14男でしたが、井伊家の家督を継ぎました。
それは、ひとりの父親と、その正妻や側室から生まれた男子が全部で14人いたということではなくて、祖父からみたときの14番目の男子であったということです。
つまり孫たちは、祖父母からみたら、みんなひとつ兄弟とみなされたわけです。

ですから、自分の親の兄弟の子のことを「いとこ」といいますが、これは漢字で書いたら「従兄弟・従姉妹」です。
「実の兄弟・姉妹」も、「従兄弟・従姉妹」も、祖父母からみたら、全部血を分けた兄弟であり、自分からみたら、それらは自分の兄弟姉妹という関係になります。
つまり「いとこ」は家族です。

自分の父の兄弟姉妹は、「おじ・おば」と言います。
漢字で書くと、「伯父・伯母」または「叔父・叔母」です。
父の兄や姉なら「伯父・伯母」
父の弟や妹なら「叔父・叔母」と書きます。
いずれも、「父・母」という字が使われていますが、要するに実の父母と同じもしくはそれに準ずる父母という意味です。
つまり、父の兄弟姉妹は、家族です。

その家族の長は、祖父または祖父の父である曾祖父または、曾祖父の父である高祖父です。
ただし、高齢によって家長としての役割を果たせないときは、家督を次世代に譲ります。

図示すると下の図のようになります。
そしてこれが、自分を中心としたときにみた、親族の範囲であり、家族の範囲です。
(図はクリックすると拡大します。)
一族の図.png

家族図


親戚のひとつひとつに名前がついていますが、名前があるということは、日常的に親族が意識されているということです。
西欧ではここまでの名称はありません。
親族は日本における三親等、五親等のように、順番に番号をふるだけです。
番号だけなら、ルーツをどこまでもさかのぼることができるからです。
つまり相続権を失いません。
つまり個人主義と言いながら、相続権だけは放棄しない。
逆の言い方をすれば、個人主義だから相続権への欲があるわけです。

さらに西欧型の特徴は、上下と支配の関係からは、妻方の親戚といえども、配下になるならファミリーです。
つまりこれは、一族の長の権力機構の拡大を意味します。

これに対し、もともとの日本は、家族主義です。
家族という集団がひとつのかたまりとなって、家督が相続されていきます。
これは農地や領地を失わないために必要なことですし、また高齢者や子の成長にあたって必要なことでもありました。

なぜ明治のはじめにそのような造語が生まれたかには理由があります。
日本型家族主義を維持するためです。
図に示した以外に、大おじの子とか、はとこの子、はとこの孫、姪の子、姪の孫、高祖父の父などと言った言い方がありますが、これらは明治のはじめに西欧式の「Family(家族)」の概念と、もともと日本にあった家族主義の概念を融合させるためにつくられた造語だからです。
もともとは日本にそのような単語はなかったし、西洋社会にもありません。西洋社会は番号だからです。

大阪大学名誉教授の加地伸行先生によれば、こうした造語の発明によって、明治の先人たちが「西洋型個人主義」と「日本型家族主義」を融合させたことは、日本社会を守るためにものすごく重要なことといえるのだそうです。
なぜなら西洋型個人主義を、まるごと採り入れた、たとえばアフリカ社会は、もともと部族単位で行動する部族社会であったのに、法的には個人主義としました。
この結果、いまなお、部族と個人が対立し、血の抗争が続いています。
これは社会構造が破壊されたからです。
日本は、上手にこれを融合させることで、血縁社会を破壊せずに近代化に成功したのです。

さて、図を見て、意外と家族の範囲が広いことに驚かれるかもしれません。
けれど、すこし規模の大きな冠婚葬祭のときに、見たこともない親戚が来ていてびっくりすることがあると思いますが、これを父の代や祖父母の代での家族に適用すれば、どれだけの人数になるかと考えれば納得いただけることではないかと思います。
そして図に明らかな通り、家族の範囲は世代がひとつ下るごとに変わっていきます。

一族という語がありますが、これを高祖父や祖先の段階まで遡らせれば、まさに一族となります。

妻となる女性は、嫁ぐことでその家の人になりますから、実の兄弟と同じ立ち位置になります。
つまり血族の一員となるわけです。
ということは、娘は結婚すると、よその家に嫁いで、その家の人になるわけですから、別な血族集団の仲間入りすると考えられたわけです。
これを外戚(がいせき)とか、姻族(いんぞく)、傍系(ぼうけい)などと言いますが、はっきりいえることは、それらは「別な家系に属する」ということです。
ですから、別な家系に属した娘の子は、別な血筋の子ということになります。

たとえば田中家の所領となっている家督と土地があったとします。
その土地は、日本は家族主義なのですから当然、代々田中家がこれを引き継いでいます。
ところが、結婚して鈴木家に嫁いた娘が、その家督と土地を受け継いだらどうなるか。
田中家の家督や土地は、気がつけば鈴木家のものになってしまっています。

それが大名なら、大名家が交替したことを意味します。
けれど、将軍からその家督や土地を委ねられているのは、田中家であって、鈴木家ではありません。
従ってこの相続は認められず、田中のお殿様も、鈴木のお殿様もお家お取り潰しになります。

これが皇族になると、もっと大きな問題を生みます。
皇族の女性が、他家に嫁ぎ、そこで生まれた子が皇位を継げば、それは天照大御神というご祖先からの血筋が失われて、別な血筋の家系が皇位を持つことを意味します。
もしそのような天皇が誕生すれば、我が国の天皇は、天照大御神の直系という万世一系の血筋を失います。
つまりそれは、日本に別な王朝が生まれることを意味します。

わかりやすくするために、すこし極端な例をあげると、日本の皇族の女性がエチオピアの王様の嫡男と結婚して、肌の色の黒い男子が誕生したとします。
そしてその黒人さんが天皇の皇位を継いだとします。
これを「女系天皇」と言います。

するとこの段階で、我が国の皇室は、天照大御神の直系ではなく、エチオピアのシバの女王の系統になります。
つまり日本はシバの女王の子孫の統治する国に易(か)わることになります。
我が国は、太古の昔から繋がる世界最古の国ではなく、別な王朝の国家になるわけです。

日本の天皇には姓がありませんが、もしその黒人さんに姓があれば、新しい皇室には姓がつくようになります。
つまり「姓が易(か)わ」ります。
姓が易(か)わり、王朝が革(あらた)まることを、易姓革命(えきせいかくめい)といいます。

支那の歴史は、こうして皇統が入れ替わることによって、都度、国民の半数前後が殺されて、国民そのものの人種が入れ替わるという歴史です。
我が国では、そのような事態を防ぐために、上古の昔から天皇は姓を持ちません。
つまり、そもそも易姓革命が成り立たないようにしてきたのが日本です。

ところが女性宮家が生まれ、女系天皇が生じれば、それは天皇の血筋が易(か)わることをいみします。
これは革命です。
太古の昔から続く日本は、その瞬間に滅びてなくなるのです。

英国は、王室はそのままで、女系の王でも誕生するという仕組みを採っています。
それがウエールズ朝とか、ウインザー朝とか呼ばれるものです。
ただし、これが成り立つのは、英国が征服王朝であって、もとからいるケルト系の人たちとは人種が異なるからです。
英国王室は、フランスから渡来してきた人たちによる渡来人王朝であるために、渡来人王朝であれば良いという概念が根底にあることが、その根拠となっています。

日本は、そうした征服王朝ではありません。
日本人のすべての家系の共通のご先祖が、天皇家です。
つまり天皇家は、日本人にとっては、本家の中の総本家です。

そしてその天皇は、天照大御神の直系であり、我が国の政治上の最高権力者よりも上位にある国家最高権威者です。
その国家最高権威者が、国家国民を「おほみたから」と規定しているのが日本の形です。
これによって国民は、政治権力者による私的支配を受けずにこれたのが日本です。

もちろん政治権力者と一般の民衆の間には、社会構造的な役割分担はあります。
その役割分担がなければ、社会が壊れます。

けれど、それはどこまでも政治上の権力であって、民衆の私的支配とは異なるものです。
つまり日本の民衆が権力からの自由を得ているのは、民衆が権力よりも上位の天皇という権威の「たから」とされているからです。
それが日本の歴史であり、伝統であり、そしていまも変わらぬ日本人が自由な民である証です。

その最高権威者が、別な血筋に入れ替わるということは、日本の民衆が持つその自由が失われることを意味します。
なぜなら、別な血筋に易(か)わるということは、天照大御神からの直系の血筋が失われるということだからです。
天照大御神の直系の血筋が失われるということは、天皇が持つ「最高権力者よりも上位にある国家最高権威」が失われるということです。
国家最高権威が失われるということは、国家の頂点に政治権力者が立つということです。
つまり日本は、支那のような易姓革命の国になるということです。
国民は「おほみたから」であることによって得られていた自由を失います。

ということは、女性宮家から女系天皇へと動かそうとする人たちは、日本人から自由を奪おうとしている人たちであると断言できるといいえると思います。
そしてそれは、英国王朝の路線に日本の皇統を置こうとする渡来人的発想でもあります。
そしてこのような議論ができてしまうのは、日本人が世帯と家系ということの区別を失ってしまっていることに由来すると思います。

冒頭にも書きましたが、西欧はなるほど個人主義です。
しかし家系という概念は、明確に持ち続けています。
彼らはそれを何代でもさかのぼります。
彼らの感覚としてのアイルランド系米国人とか、ドイツ系米国人とかいう言葉の中には、そうした先祖を何代でもさかのぼる「家系」という概念が強く存在し、そこに法的根拠も持たせていることを私たちは知る必要があります。
個人主義というのは、権利主体としての個人のことを言っているだけであって、家系の問題とは切り離された別な議論なのです。

また私たち日本は、世帯ではなく、家系や家族という概念を今後取戻す必要があると思います。
なぜなら、昔は、この家系に基づく一族で、老後や疾病の面倒をみたり、費用のかかる冠婚葬祭も執り行ってきたのです。
それが世帯主義に陥り、さらに個人主義となって、国庫の年金財源や医療負担の問題を生んでいます。
極めて馬鹿げた話だと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。
posted by megamiyama at 10:59| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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