2016年08月03日

小池百合子、へたれ男たちとの勝負史24年  「勝負しないとイヤなんです!」



新都知事となった小池ゆり子さんは兵庫出身らしい。

カイロ大学に行く前は、地元の関学(関西学院)に通ってたこともあるそうですし、先日、息子君が都民の近所の奥さん(笑)と、都知事選の話になった時、彼女の友人(息子君の友人のお母さん)が、「小池さんをよく知ってて、もしかした彼女と同じ「甲南」出身じゃないかと思う。」と言ってました。(私学のお嬢様学校で、甲南女子中・高という学校があります。幼稚園、小学校と大学は共学。)

芦屋近辺に住む良家の子女たちが通う、いわば「関西版慶応」。幼稚園から大学卒業まで通った学生は、”甲南漬け”と自分たちを茶化して呼んでいるのを、典型的な”甲南漬け”の知人から聞きましたが、もし小池さんも”甲南漬け”なら、ちょうど同い年くらいなので、件の彼に一度聞いてみようと思います。

「甲南」にしろ「関学」にしろよく知っている身近な学校ですし、「小池百合子新都知事」の誕生を地元?としては、心から応援したくなっている今日この頃です(笑)

フォーブスジャパンの記事が面白かったので、転載します。


やはり、この「都知事選」に一番に名乗りを挙げただけのことはあります。

ジャンヌダルクに準(なぞら)えられる程、颯爽としているとは決して思いませんが、小池百合子という人が、その辺の男も顔負けの百戦錬磨の勝負師であることは、間違いないようです。

今回、残念ながら圧倒的な差をつけられ、敗れた七海ひろ子さんも、ポスト小池”選(小池さんが知事になったことで議席に穴が空いてます!)もあることですし、まだまだ、勝負はこれから!デス。

「勝負しないと嫌なんです。」の小池百合子と「(東京は)一位じゃないと嫌なんでございます」の七海ひろ子。

意外に相性は良いかも(笑)

この二人に象徴される、最近の政治家にはない!めずらしい”強気”に、女性政治家時代の到来を感じるのはmegamiyamaだけでしょうか?


http://forbesjapan.com/articles/detail/13081
Forbes Japan
藤吉 雅春
「したたかじゃない女性なんていない」小池百合子、へたれ男たちとの勝負史24年




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「やっぱり勝負しないとイヤなんです」

小池百合子からそんな言葉を聞いたのは、11年前のことだ。

郵政民営化をかけた2005年の選挙で、「刺客第一号」として圧勝してから11年。今度は都知事選で次点に100万票以上の大差をつけた。勝因は何だろうか。政界進出して24年。その間繰り返してきた彼女の勝負の歴史に、答えがあるだろう。

21歳で第四次中東戦争をカイロで経験し、匍匐前進などの軍事教練を受けてきた小池百合子。国会議員でおそらく唯一戦争体験がある女性と、他の議員たちとの違いは戦い方から見えてくる。

安全に勝とうとしたがる人たち

細川護煕率いる日本新党ブームに乗って小池百合子が政界入りをしたように思われているが、それは少し違う。

1988年、テレビ東京『ワールド・ビジネス・サテライト』の初代キャスターに就任して高い評価を得ていた彼女には、複数の政党から政界入りの誘いが来ていた。小池に日本新党入りするよう口説いたのは、「朝日ジャーナル」の編集長だった伊藤正孝である。

伊藤は朝日新聞鹿児島支局の記者時代に、新人記者・細川護煕と同じ下宿で暮らした関係から、細川から新党立ち上げの相談を受けていた。アフリカ報道で知られる伊藤と小池は、『季刊アラブ』の編集を通して同志の関係にあった。そこで小池に白羽の矢を立てたのだ。

しかし、日本新党はすぐにブームを起こしたわけではなく、実は結党時に危機に立たされている。全国から多くの賛同者が集まったものの、いざ選挙となると、ほとんどの者が立候補に二の足を踏み、「細川さんが当選したら、自分も出る」と様子見を決め込んだ。つまり、勝ち馬に乗れるとわかった段階で、来年の選挙なら出てもいいと誰もが思ったのだ。

候補者がそろわない中、伊藤正孝の口説きをためらっていた小池が突然、手を挙げた。

「自分が身を投じたら、誰もが乗ってくるだろう。このチャンスを生かしてあげないと、党が潰れてしまう」と、小池は当時のことを私の取材で回想している。

92年7月の参院選で細川や小池ら日本新党から4人が当選。翌年の衆院選で細川や小池は鞍替えをし、この時、一気に35人が当選。最初に飛び込むことで勢いをつくり、党も小池本人もイニシアティブを握り、細川政権の道筋をつくったのだ。

勝負する土俵を変える

今回の都知事選に立候補した山口敏夫と小池百合子にはちょっとした因縁がある。94年、山口敏夫は小池ら日本新党の議員7人を六本木の中華料理店に連れて行き、そこで小沢一郎(当時、新生党代表幹事)と引き合わせている。

小沢と小池は安全保障論で意気投合し、94年に日本新党、新生党、公明党が合併して誕生した新進党で、党首と補佐役という関係になった。しかし、次の小池の勝負となったのが、小沢との決別だろう。

新進党は98年に解党。小沢は自由党を率いて、小池も自由党に合流したが、99年、自由党は自民党による水面下での猛烈な切り崩し工作を仕掛けられる。

「小池さんには残ってほしい」。小沢は自由党幹部に「小池残留」の指示を告げ、彼女に「近畿ブロック・比例」という条件を提示した。しかし、残留工作は失敗。彼女は保守党の結成に参加した。彼女は残留しなかった理由をこう言っている。

「私は地べた(小選挙区)で勝負したかった。比例ではやりたいことができなくなる。やっぱり勝負しないとイヤなんです」

彼女は「政界渡り鳥」という揶揄を非常に嫌るが、政党を渡り歩くというよりも、勝負を張る舞台を探していると言った方がいいだろう。

結成された保守党は海部俊樹、扇千景など大物が多い小所帯だったため、彼女は現場仕事の多くを任され、肩書きは22にも増えた。「もう体が壊れる」と、保守党を離脱。

そうして彼女が入党したのが、「自民党をぶっ壊す」と吠えて総裁になったばかりの小泉純一郎率いる自民党だった。

常に逆境

小泉政権で環境大臣に就任した後、日本の政党の体質を象徴するシーンがあった。森派の昼食会で、派閥の領袖である森喜朗が小池を罵倒した。

「なぜ、再任なんだ!」

内閣改造で小泉首相が小池を環境大臣に再任したため、小池に八つ当たりのような怒りをぶつけたのだ。同じく法務大臣に就任した南野知恵子も、森の怒りの標的となった。

自民党のドンとして、年功序列や当選回数を無視した小泉の抜擢人事が気にくわなかったのだろう。小泉に不満を言わずに、女性たちに当たる見苦しい光景であり、”ムラ”の政治を垣間見る場面だった。のちに小池は森派を離れている。

世襲議員が圧倒的に多く、ムラの因習が支配的な組織で埋もれないために、自ら勝負に名乗り出る。それが2005年、小泉首相が「死ぬ覚悟でやる」とぶちまけた郵政民営化を問う解散総選挙だった。彼女は造反議員への「刺客第一号」として手を挙げた。このときも今回の都知事選と同じく、選挙区の兵庫6区に相談なく、突然の宣言だったため話題となった。

07年には、「防衛省のドン」として事務次官に異例の5年以上も居座る守屋武昌を更迭。きな臭い噂があり、人事に介入していた守屋を総理や官房長官に相談せずに更迭したことで、結果的に刺し違えることとなった。

一番最初に名乗りを上げる、スポットライトを浴びることで、逆境を大舞台に変える、そうした戦い方の総決算が今回の都知事選だった。舞台は小池の土俵となり、組織力に勝る結果となったのだ。

2009年に小池から都連改革を提言されて、会議中、コップを手で払いのけるほど怒った都連会長、石原伸晃は、今回、父親の石原慎太郎を応援に担ぎ出した。しかし、父は小池のことを、「大年増の厚化粧」と罵り、女性票の獲得を狙っていた与党にとって大誤算となった。

永田町の古いムラ社会で、常に「したたかな女」と陰口を叩かれる小池に、11年前、「したたかですよね」と聞くと、こんな言葉が返ってきた。それは小池らしい答えだった。

「世界中の女性でしたたかでない人なんて、いませんよ。そもそもしたたかでない政治家なんて、政治をやめた方がいいと思う」

タグ:政治
posted by megamiyama at 14:28| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

残念。七海ひろこ。だが、時代はあなたの味方です。

今回の都知事選で七海ひろ子候補を、先頭を切って一番熱烈に応援していたブロガーのお一人、「大川隆法ネット後援会(幸福実現友の会)」のアモ〜レさんの記事、転載させて頂きます。


残念。七海ひろこ。だが、時代はあなたの味方です。
2016-08-02 21:53:01NEW !
テーマ:仏陀救世主 大川隆法総裁


全国のアミ〜ゴの皆様、ようこそ大川隆法ネット後援会へ。

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東京都知事選に出馬した、幸福実現党 七海ひろこ (左)

http://nanami-hiroko.net/


31歳、幸福実現党七海ひろこの、生意気な挑戦は終わりました。

28809票。う〜ん、如何ともし難しですなぁ。


元来、「街宣では票は取れない」と言われます。

比率で言えば、直接聞ける聴衆の数が圧倒的に少ないからです。

東京のような、日中は都民でない方が多数を占める大都市ではなおさらでしょう。


また、今回初めて動画などネット情報を多用しての戦いでしたが、ネット等も、これまた直接的な得票には、現在のところ直接つながらないと思います。

というのもネット等の情報は、拡散能力には優れていても、「見たくなければ見なくて済む」からです。


これはテレビも同様なのですが、今回のように、民法全局が主要三候補のみの報道では、チャンネルを変えても同じ情報なので、どうしようもありませんわなぁ。


私も一人のブロガーとして、奇兵隊の心境ではせ参じたのですが、多勢に無勢の感は否めませんでした。


ですからまぁ、報道の97〜98%が主要三候補で、残り2〜3%を他の候補者が分け合う、今回の報道姿勢というのは、どうみてもオカシイ。


しかし得票を見てみるならば、主要三候補の総得票数は約600万票で、残りがざっと70万票です。

3%しか報道されなかった、3候補以外の18人の候補者が約10%得票しています。


報道数と一票の格差から言えば、18人で3%以下の得票でもおかしくないわけで、もしも、民法各社が談合状態で報道規制をしなければ、選挙の動向はどうなっていたかは、神のみぞ知るということになろうかと思います。


先の参院選で、幸福実現党の釈量子党首が、たった1回、地方の夕方のテレビニュースで演説が流れた岩手県では、5万票の得票を得ておりますので、もしも、公職選挙法ならびに放送法の原則に則った報道がなされていれば、あるいは得票は10倍、場合によっては100倍近い差になっていた可能性があると思います。


となれば、2位で落選した自民党の益田氏が、これほど得票できていたか。

こう言えば失礼かもしれませんが、ひょっとしたら、益田氏の政策から言えば、益田氏が泡沫候補と呼ばれていた方々並みの得票だった可能性が、極めて高いのではないでしょうか。


ともあれ東京都民は、多くの富を失ったと思います。

数兆円以上、都民は富を得損ねたと判断するべきです。


選挙とは元来、政策を競うものであり、東京都民の選択は、民主主義の原則から言えば、「減税も規制緩和も、新産業の創出も交通革命も不必要」という結論を出したことになってしまうのです。


つまり、逆から言えば、「増税OK、規制は強化するべきで、新たな産業は制限し、交通が不便になっても構わない」という結論を出したということになるんです。これで良かったのでしょうか。

「そんなこと言われても、知らなかったからしょうがない」では済まないのが民主主義の怖いところなんです。首長の任期中は、当事者が辞めない限り、この決断に耐えなければなりません。


「そんなこと言われても、知らなかったからしょうがない」と言わせないために、マスメディアを始めとする幾多の言論機関には、言論の自由、報道の自由があるのです。

それが、民主主義社会なのです。


七海ひろこの所属する幸福実現党が、今回の都知事選において、当初から明確な戦略を描き、戦術を練りこんでいたとは思えません。


もしそうならば、直前まで行われていた参院選で、七海ひろこは比例区ではなく、東京地方区で出馬していたはずです。


また七海ひろこは幸福実現党でも人気者でしたが、国際局や財務や広報関係に携わっており、直接支援者と触れ合うことの少ない部門担当責任者でしたので、ネット戦略上も、取り掛かりが遅かったとは思えます。


と申しますのも、都知事選が始まった直後、七海ひろこに関する情報が、あまりにも少なかったからです。

僭越ながら、拙ブログにおいて、以前に支部でお会いした七海ひろこに関する記事がありましたので、当初、このブログのアクセスが跳ね上がりました。


七海ひろこの情報に全国の支援者が飢えていたのですが、ここしか七海情報がなかったのだと思うんですね。

これは、動画などのネット戦を繰り広げるには、かなり時間ロスを招いたかと。

拡散者は、選挙をしながら、情報を探し当てなければならないわけです。

選挙後半になって、必要な七海情報が、現場に手に入るようになった感があるんじゃないでしょうかね。


しかしそのように、幸福の科学の信者の中でも、ミステリアスな存在であった七海ひろこですが、今Yahooで検索すると、な・・・なんと、777000万の検索数になります。


つまり最低でも、77万7千の数の記事があるということで、いまや七海ひろこを知る人は、全国に77万7千人以上いるということですね。


こうなたったらやはり、昨年秋に高知に来た際に、「早く、オフィシャルサイトを開設しなはれ」と言うべきだった。

しかし、大きな爪あとは残しました。


政策による選挙、そして、頑なな報道にも、最後は風穴をこじ開けました。

七海ひろこさんは、どうか酷使なさったお体を御慈愛いただき、また新たなる、生意気な挑戦に挑んでいただきたいです。


小池さんが東京都知事に当選なさったので、東京10区の議席が空きましたので、おそらく補選があるでしょうから、もうこうなったら、10区衆院選に突入しなはれ。(笑)


それでも駄目なら、知事選が無投票だった高知県知事選にでも出てくだされ。(爆笑)



高知は長年、困窮に喘いでおりますので、七海さんのような福娘が知事になって辣腕を振るうには持って来いの場所ですきに。


しかし4年後は、小池さんは68歳、七海ひろこはまだ35歳です。


42.195qフルマラソン完走した経歴を持つ、強靭な体力を誇る七海ひろこですから、まだまだ時間は、あなたの味方です。


ガンバレ七海ひろこ!

そしてありがとう。

と〜〜〜〜〜っても、楽しかったよ。(笑)


それでは、またのお越しを。

posted by megamiyama at 10:56| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする