2017年11月11日

日本のバブル崩壊とは何だったのか?

「大和心を語るねずさん」が珍しく、「国際金融資本」について書かれています。
それにしても、28年前バブル崩壊の時は派手に持ってかれたもんです。
アレは、国際金融資本vs日本経済の戦争で日本は「第二の敗戦」してしまったということだったんですね。(しかも、不動産の総量規制とか…おカミが自ら日本経済の首を絞めるようなことをして!)
未だに、日本経済は立ち直ってません。

そろそろ戦後”復興して見せないと、今度は中国に持ってかれ”そうデス!
いくらなんでも目覚めよう〜日本!!!

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3570.html
「大和心を語るねずさんのひとりごと 」

国際金融資本

株式市場は、大きな段ボール箱に例えることができます。
その段ボール箱に、ドル札が山のように積み上がっていく状態が、株価が上昇している状態です。
一方、その積み上がったドル札が、箱から次々と出されて、箱の底が見えるようになる状態が、株価が急落している状態です。
ではこのとき、箱から出されたドル札は、いったいどこに消えたのでしょうか。


よく、「日本を取り戻す」という言葉が使われます。
当然です。
問題になった熊本市議のように、自分の都合で人を恫喝し、問題にされると泣き真似をし、お詫びや反省の言葉を次々に口にはするけれど、絶対に権力を手放さない。
そしてほとぼりが覚めると、また同じ悪行三昧をはたらく。
どことはいいませんが、日本人にはありえない完全な半島マインドで、そのようなヤカラが、政治や企業の背乗りをして、日本人から公然と搾取する。
そのような日本は、いちにちも早く変革し、政治も行政も裁判も企業経営も働く現場も、まさに「日本を取り戻す」べきであるとは、誰もが思うことです。

そこで二つのことが重要になります。
ひとつは「排除」、もうひとつは「誇り」です。


江戸時代の寺子屋で全国的に使われた幼年教育の教科書である童子教に次の文があります。

 畜悪弟子者 悪しき弟子を畜(やしな)へば
 師弟堕地獄 師弟地獄に堕(を)ちるべし
 不順教弟子 教へに順(したが)はざる弟子は
 早可返父母 早く父母に返すべし

悪いやつは早々に追い出して親元に返せということです。
民族なら本国に返せです。
何も刑務所に入れて、国民の税で高額医療まで受けさせたり、生活保護等で彼らの面倒を国費で賄うなどまったくないのです。
そういうことを昔の人は「言語道断」と言ったのです。

関連して、現代版の義務教育は間違った制度です。
たとえ小中学校であったとしても、ろくでもない生徒は放校処分にすべきだからです。
それがもともとの日本の常識であり、「童子教」の教えでもあったのです。
そうでなければ他の圧倒的多数のまともな生徒が迷惑するのです。

近頃は大学までおかしくなっていて、義務教育でもないのに、婦女暴行を働いた生徒を、ルーツが半島人だからという名目でそのまま大学に在籍させたりしています。
事の重大性をわかっていないのか、ただの意気地なしなのか、馬鹿なのか、放校処分があたりまえであって、大学から追放しないほうがどうかしています。
熊本市議も同じです。
追放があたりまえであって、そのような者を市議にしておくほうがどうかしているのです。

会社や組織、団体でも、これは同じです。
近頃は労働法の関係で、会社は簡単には社員に辞職をさせることができなくなっています。
とんでもない話です。
さっさと退職させるべきなのです。
心根の腐りきった奴というのは、甘い顔をすればつけあがるのです。

だから法制度が弱者救済をうたうことは間違っています。
弱者救済どころか、その弱いものを「おほみたから」として慈しむところから、日本という国は出発しているのです。
その根幹の下に、処罰処分をするのが法です。
法が人を守るのではないのです。
人が人を守るのです。
法はむしろ、邪魔者を排除するために用いられるべきものです。逆なのです。

我々は天皇の「おほみたから」です。
その自覚があるから、その「おほみたから」に値しない者を法で排除するのです。
排除されて困るくらいなら、おとなしく「おほみたから」になれば良いのです。

世界において、自国のことを悪く言う者は、テロリストとみなされます。
その意味では、我が国の現代の学校教科書は、テロリスト養成のための教科書になっています。
戦後という特殊な事情から、それは一時的にはやむを得なかったこととはいえ、これをいつまでも続けることは、文部科学省の犯罪です。

もうひとつは「誇り」です。

ひとくちに「日本を取り戻す」というけれど、ではその取り戻すべき日本の形についての共通のコンセンサスはあるのでしょうか。
ある人は、高度経済成長の頃にあった日本経済の活力を取り戻すといいます。
またある人は、戦前の日本にあった精神性を取り戻すといいます。
江戸時代の日本の素晴らしさを取り戻すべきだと言う人もいます。

高度成長の頃の日本の経済力を取り戻す。
それはたいへんに結構なことです。
しかしその高度成長は、いったいどうなったでしょうか。
「バブルが弾けて雲散霧消してしまった」と言われています。
だから「バブル経済だったのだ」ともいいます。
しかし経済にバブルなんてものはありません。

株価の急落によってバブル経済が崩壊したと言われています。
これ自体が、トラップなのです。

1929年10月24日(木曜日)10時25分、ゼネラルモーターズの株価が80セント下落したことを皮切りに、「暗黒の木曜日(英語: Black Thursday)」と呼ばれるニューヨーク市場での株価の急落が起き、これによって世界恐慌が始まったとは、学校で習うことです。
世界はそれで不況になったとされています。

その株式市場は、大きな段ボール箱に例えることができます。
その段ボール箱に、ドル札が山のように積み上がっていく状態が、株価が上昇している状態です。
一方、その積み上がったドル札が、箱から次々と出されて、箱の底が見えるようになる状態が、株価が急落している状態です。
ではこのとき、箱から出されたドル札は、いったいどこに消えたのでしょうか。

経済にバブルなんてないのです。
そこにあるのは現金だけです。
誰かが儲ければ誰かが損をし、誰かが損をすれば誰かが儲けるというだけの話です。
つまり株価が急落したということは、それまで儲けていた人たちの財布から、富が別な人の財布に移ったということを意味します。
急落した分、誰かが大儲けしたのです。

そして儲けた人たちが、それまで主流だった石炭産業に代わって、新たな資源エネルギーとなる石油関連事業に投資を行いました。
また、有名なケネディ大統領の父も、このときに大儲けした中のひとりですが、彼はハリウッドに巨額の投資を行い、それがいまの「世界のハリウッド」を育てるきっかけとなっています。

もちろん株式市場の大暴落で、多くの企業が倒産し、失業者が街にあふれることになりました。
しかしこれもまた旧来の産業資本が崩壊したことによる効果です。
旧来の産業が崩壊しても、まだこの時点では新たな産業としての石油産業もソフト化ビジネスも育っていない。
新産業がまだ十分に失業者の雇用を賄うだけに育っていないから、一時的に失業が増加したというだけの話です。

要するに米国内において、旧来の産業の持つ資本が、新たに主流となる石油産業とソフト化産業へといっきに以降したのが、実は暗黒の木曜日であり、その後約20年続いた不況であったのです。
これによって白人世界の中の二流国にすぎなかった米国経済は、調整期間後には、なんと世界最強の経済大国に育っています。

と、これを申し上げたうえで、では、1987年の日本のブラック・マンデーによる株価急落は、どうだったのでしょうか。
実は、これこそが日本の誇り、日本人としての誇りの問題なのです。

というのは、日本において1989年12月29日に38,915.89円という史上最高値をつけた日経平均株価は、このあとに大暴落を喫し、あれから28年、いまだに日本経済は沈んだままの状況にあります。
先程申し上げましたように、株式市場というのは、段ボール箱です。
そこに積み上がっていた1万円札は、果たして暴落のあと、いったいどこに行ったのでしょうか。

本来であれば、国内の相場で損をした人がいれば、同じ国内に相場で儲けた人がいるはずなのです。
ところがそれがいない。
みんな外国に流出してしまったのです。

日本という貯金箱の中に、今月の生活費として10万円入れておいたら、4万円がどこかの誰かに取られてしまったのです。
その後ずっと日本人は、残りの6万円で生活することを余儀なくされてきた、というのが、バブル崩壊と、その後の日本です。

繰り返しますが、経済にバブルなんてないのです。
間違いなく株式市場に3万8915円はいっていたのです。
それが2万円になってしまったということは、差額の1万8900円は、誰かのフトコロに行ってしまったということです。

グローバル主義とか、グローバル化などといいますが、要するにそこで言われる「グローバル」という美辞麗句は、直訳したら世界を股にかけた金融屋や高利貸しのことをいいます。
高利貸しというものは、古来、自分だけが儲かれば良いのです。
そして高利貸しは、決して表に出ず、働くことは別な誰かにやらせて、その利益だけを吸い上げます。
ですからグローバル屋さんというのは、そうした高利貸しの手足となって、あるいはもっというならば使い走りとなって、高利貸しのおこぼれにあずかろうとする人たちのことをいいます。

古くは金貸しの取り立てを町のヤクザ者が行いました。
それでも我が国では、まだ合法・非合法すれすれのところで取り立てを行ったものですが、国際金融資本、つまりグローバル高利貸したちの行動は、非合法を合法にすり替えて行ないます。
そして真面目でよく働く日本人を反日で騙せば、いくらでも日本から富を吸い上げることができる。
その実行を手助けしてきたのがグローバル屋さんたちであったわけです。

彼らの一連の行動は、常に私たちの国益を損ねるものです。
そして国益というのは、私たち自身の財布のことでもあります。
近年、こうしたグローバル屋さんたちに逆らって、国家主義を掲げる国がボツボツと出始めました。

日本も、目覚めるときが来ているのです。

お読みいただき、ありがとうございました
ラベル:金融・経済 政治
posted by megamiyama at 16:05| 兵庫 ☁| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

大和の心

戦時中や大震災の時の日本人の健気な姿は、いつも世界を驚嘆させてきました。
しかし、艱難辛苦の時には発揮される日本人の忍耐力、思いやり、無私のこころ、明るさ、強さ、勇気…が、今・現在の日常の中で、どれほど発揮されているか?疑問です。

アメリカに戦争で負けたことは、恥ずかしいことでも何でもありません(戦わずして負けていたら、今頃「日本」は世界地図から消えていたでしょう。)が、先祖から受け継いだかけがえのない日本人の心を、戦後見失って生きてきたとしたら、日本人として恥ずかしいことではないでしょうか?

「木花咲耶姫の御神示」にも、『困難に立ち向かいて人と人とが協力し合わば、やがて人も地球も共に清清めらるる。』とある通り、この国難の時に再び、日本人がこころを一つにして立ち向かえるかどうか?

神様が見ていると思います。

http://konohanasakuya.blog.jp/archives/26721395.html
「木花咲耶姫の御神示」より
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大和の心


そもそも日の元、日本の民は神と共にあり。

言葉も神の言霊に近きて美しきなり。

礼節を重んじ、順序を守り、誇れる伝統を持つ最も古き国ならん。

今は忘れ去られし大和の心も魂の奧に残されし。

地球も病めば、毒浄化し元ある姿に再生せんとす。

そは人にとりては災害なれど、いかなる事象起ころうとも、

日本人であることの誇りを忘れず、

大和の心呼び起こし、

困難に立ち向かいて人と人とが協力し合わば、

やがて人も地球も共に清清めらるる。

人と人とが睦みあい、分かち合う世の中を神は望まん。

日本人の魂に眠れる大和の心、これより先の世界を救い導かん。

posted by megamiyama at 03:43| 兵庫 ☁| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

 「あきらめるな」  「立て替え立て直し」 「人が補い合えば平和となる」

国難突破、未だ成らず。
しかし、あきらめる訳にはいきません。
「木花咲耶姫の御神示」三つ、紹介させて頂きます。

http://konohanasakuya.blog.jp/
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2017年11月01日

あきらめるな


今、地球の穢れ、汚れ、全ての膿を排出する時なり。
人は自ら撒き散らしたる毒を浄化する痛みに耐え、今この時起こりし現象を真正面から受け止めねばならぬ。
これより先、膿出しの現象はさらに広がりゆかん。
自分さえよければ、自分さえ助かれば、自分さえ利益を得らるればよし。さなる時代は終わりを迎えんとす。
まだ、改革は始まりなり。
災害は天災にあらず。被害の因は人にありしことに気づけよ。
森林伐採にて山の姿を変え、時には崩し、水豊かなる日本にて無用なダムを造り、川を固め、地面を固め、海を埋め立て、地上を不自然な形に為せば、思わぬ被害を呼ぶばかりなり。
さなる日本を作り出したるは政治家ばかりになし。
一人一人の魂の穢れが呼びたる結果と悟れよ。
人よ。気付けよ。今気付かねば間に合わぬ。
大難を小難に、小難を無難にするは人の力なり。神の力にあらず。
世界を守れよ。日本を守れよ。人の命を守れよ。
これより先、何が起きるや分からぬ時代なり。
さなる時代こそ、和を取り戻すべし。
どんな時にも魂を穢すなかれ。心を穢すなかれ。
さにて手を取り合い、この危機を乗り越えるがよし。決してあきらめるなかれよ。
膿出しの痛みに耐えれば、次の世は全て人の魂清く、精神性高い高次元の時代が到来せん。



2017年10月31日

立て替え立て直し

今この時、変革の時なり。
地球の波動も、人の魂も最も穢れし今この時代に、スの神は立て替え立て直しの決断をされたり。
そは地球と人を救う為の改革なり。
立て替え立て直しは、人の想像も付かぬ長き時をかけ準備を整えられ、今正に正念場の時を迎えんとす。
病む地球を元に戻し、神の流れより遠く離れたる人を神の傍に呼び戻し、神と人、人と人とが手を取り、助け合い補い合う世界を創らねばならぬ。
今の我欲強き人の価値観を大きく転換せねばならぬゆえ、全ての毒は噴き出すことを覚悟するべし。
事件、事故、災害、国の争い、個人の争い、家族の争い。
毒あらば必ず表面化するなり。
人は人として生を受けたることの意味を悟り、宇宙の法則に反すれば、いかなる事象ありたるか、その目で見届けよ。
毒一つも残らぬほどの大浄化なれば、これより先、己を守るには、自らの負の波長を浄化し、周囲の負の波長に同調せぬ努力をすることなり。
さなる準備を今すぐはじめ、魂磨き美しき波動を世界に広げることが、全ての人間の役割なり。


2017年10月24日

人が補い合えば平和となる

人類は元一つなり。

それゆえ神は、五色の人種を作られたり。

人間にはそもそも欠けありなん。

陰と陽は、男と女、天と地、太陽と月 それぞれに欠けを補うように役割りあり。

そは天のしくみとして五気と陰陽にて、宇宙は調和しまわりてめぐる。

神がこの世に、五色の人種をつくられたるは、争わせるためにあらず。

足りぬところを補い合い、助け合い生きるためならん。

その国の特性は、気候、風土、食にて気質が形成さるるなり。

それぞれに優れるもあり欠けもあり。

なればこそそれぞれの気質をいかし、欠けを補いあわば、良き世となりにけり。

神のさなる御意図を人間は、少しも悟らず。

あちこちに戦争、争いの芽あり。

今このときに日本とて巻き込まれる危険性は大いにありなん。

神の、御意図無視し続ける人類は、宇宙の法則にて定められたる因果応報の法則にて、これまでの行いのツケを払わねばならぬ。

何も起こらないではないかと悠長に構えてはいまいか。

神は人間とこの地球を愛され、時に小さな現象にて危機知らさるるも、気づきなくば現象は大きくなるばかり。

神はあの手この手で様々な危機を人に知らしめんと、日々警鐘を鳴らし続けられん。これ以上大きな天変地異など起こらずに済むようにと節に願われるなればなり。

なれど人間の魂ががこれ以上穢れるのみならば、地球を守ることができぬ。

立て替え立て直しはこの地球上の汚れの一つもないように洗い清められる宇宙の働きなり。

今この時の神の警鐘に人々が気付くか、気付かぬかにて道は二つに分かれん。

posted by megamiyama at 10:14| 兵庫 | Comment(0) | 神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする